
午後、用事があって大手町から神田方面へ。
1030の下の画像がほぼ同一アングル。あのときは橋脚が現れた段階であったが、横ケタができた。
ご丁寧に京浜東北南行側が黄色く塗られている。京浜東北線電車の窓から、手を出す奴がいるんだろうな。

神田駅付近を眺めるとこのように。
1030と比べれば、レールと平行方向にケタができているような。

で、池袋の三兵酒店へ。
どういうわけかは知らないが、安藤美姫の画像がべたべた貼ってある。
機嫌よくレモンサワー飲んで回家。

老生の知る限り味の笛は御徒町と神田のガード下にあるが、今宵は神田の方へ。Y博士、O嬢組と、追っかけ安氏も参加。
生ビールで始めて、よせばいいのに越の白鳥の冷やに移行。立ち飲みにしては魚介類が異常に優れているのは吉池がやっているお店だから。
ここで終わったので健全であった。

東北縦貫線建設現場。神田から東京方面を眺める。
手前の東北新幹線高架構造物から在来線側に出っ張っている鋼製構造物の、東京寄りに新たに継ぎ足し的な基礎が出現。
9月末には、これはなかったと思う。
東京側の首都高速都心環状線をくぐったあたりの作業構台から、神田側に基礎が並んできた。

老生も初めて目にした、わさび焼酎!!長生きしたおかげで珍しいものをいただける。が、まあ今回だけでいいや。
他の品々も結構でしたな。
西武沿線のざー氏と中村橋で。氏の案内で祥龍房というチャイナへ。中村橋店というからには他にもあるのだろう。最近、沿線にチャイナ料理が増殖している。

こんな入り口。
ざー氏、仕事場が変わるというので、昨日老生主催で送別会やったばかりだが、その翌日飲んでる。
習慣というのは、なかなか変わりませんな。

菜単には千夜一夜と書いてあった焼酎だが、ラベルを見れば千夜一酔ではないか!!
味も値段も、まあ普通だ。

中折れ屋根のイメージを残しているようで、カラーリングも富士見台などとはひと味違う中村橋駅。といっても高架になって表情が乏しくなった。

下り側南口駅本屋はこんなだった。地上駅末期の199709の状態。
ここか、大泉学園の駅舎はユネスコ村あたりで残しておいてもよかったのではないか。

病み上がりという一般的女朋友とその友達と江古田へ。
友達嬢は武蔵OGだそうで土地勘はあるのだが、駅が工事中でちと違和感を覚えたような。平成23年度完成という駅舎工事が終わればさらに違う駅になっているんだろうな。
シャマイムに行こうかと思って南口集合にしたのだが、気が変わって樽平にする。シャマイム→樽平というコースも考えないでもなかったが、ここ数年で酒力が衰えているのでやめやめ。

山形風無国籍の品々をいただきつつ、樽平、住吉など、いろいろ飲む。画像はないが樽平粕取焼酎が香りも含めてナイス。カウンターの中にカメラのプロがいると知っては、撮影もしにくい気弱な老生である。この芸風は死ぬまで変わらないだろうな。
画像は茶碗蒸し。老婆が卵と揚げ物を悪んでいるので家庭内では禁止だが、外では勝手にさせてもらおう(ついつい力が入る)。
友達嬢が山形出身と知り、気が変わってよかったと再確認。

今夏最大の収穫は数年ぶり(もうわからない)で中軽井沢のかぎもとやでそばを食えたことだ。

特に有名店というわけでもないだろうが(失礼)、ここのそばは好きだ。
単純に味とかコストパフォーマンスとかではなく、ほとんど外食などしたことのなかった子供時代に、ここでじいさんにそばを食べさせてもらった記憶が甦るのだろう。その頃と変わらぬ店内である。
かつてはそこそこ賑わっていた中軽井沢(じいさんは沓掛といっていた)駅前も、新幹線開業、しなの鉄道移管で閑散としている。などと書いている老生も、ここに来たのは数年ぶりだ。中軽井沢の地位が極端に低下したのだ。
軽井沢―御代田間くらいで見た印象だが、この程度のフリークエンシーなら複線はいらないだろう。

並行在来線は本当に厳しいと思うばかりだ。特にしなの鉄道はいちばんおいしそうな篠ノ井―長野間をJRに残して、乗り入れ形態になっている。
報道によれば、先に長野以北並行在来線対策協議会幹事会??は、篠ノ井―長野間について、要は収入も多いが、費用もかかるので、このままにする―との見解だか方針だかを示したそうな。そんな馬鹿なことがあるもんか。
心の狭い長野人民だけで決めるなって。経営を担当するのは地元だろうが信越本線の建設運営には、老生も老生の父、祖父の払った税金も使ったのではないか。その上親戚一同は運賃料金もずいぶん払ったはずだ。国民の財産であるレールを私企業JRの都合で分断しないでくれ。地元の請願で新幹線を造ってやるという論法はなしにして。
田中康夫にもうちょっと根性があれば、あるいは石原慎太郎くらいの豪腕が県政を担当していたら、篠ノ井―長野間もしな鉄に移管できたのではないか。石原は運輸相時代に成田新幹線の遺跡を空港アクセス在来線に転用という方針を示している。この日乗の記事はすべて妄想だが、佐藤栄作のような根っからの鉄道官僚だったら、そのように発想しないだろう。この点は石原偉い!!
それはともかく、長野新幹線が長野以遠に伸びたら、在来線はしな鉄が経営するのだろうよ。中間にJRを挟んでいてよいわけがない。三陸鉄道もムリムリだと、かねて思ってきた。…などと書き連ねているとそばを食っても血圧が上がりそうだ。
スケジュールの間を縫って田町は天使の街の立ち飲みソバ屋丸長へ。
サクッと缶ビールで水分補給。熱中症が怖いので缶チューハイも追加。塩分は梅干しで補給。夏を乗り切るぞ!!
そろそろ来る頃だと思っていたという店主が用意してくれていたのはVIPカード。
老生にはキリ番の100を割り当ててくれていた。99が誰かは知らぬが98番は森姐。
で、このカードホルダーの特典は特にないらしい。それもナンなので、梅干しくらい付けてくれと言ってみる。
丸長VIPカードと関係なく、今天使の街では大乃のご子息が甲子園に出場するというキャンペーンを実施。
丸長も会期中は10円引きだそうな。ここんちで10円引きは出血大サービスですぞ。
西武池袋線の秋津とJR武蔵野線の新秋津の連絡はとんでもなく悪い。お隣東武東上線の朝霞台と武蔵野線の北朝霞の関係がうらやましい。後からつくったJRが北側にも出入口を設ければよかったのに。
それはそれとして秋津駅前の野島はよい。前回から、ほぼ1年ぶり。この串が1本90円!!嬉しい!!
とはいえ、立ち飲みもくたびれるのは確かだ。野島のポテトサラダは酸味が効いててナイスだが、さらに細胞壁のあるものも食いたくなる。
というわけで新秋津側のサラリーマンに移動。秋津側の路地から入るとカウンターだけのように思える。が、新秋津駅前のロータリー側から見ると2階もあることに気づく(画像)。
絵に描いたような居酒屋。サラリーマン限定ということでもなさそうだ。
画像はエリンギ(だったと思う)の卵とじ。スタートが遅れてかなりのものが品切れ状態だ。
JRホームの北端に西武と共同で両者と連絡する飲食ビルを建てて、野島とサラリーマンを収容すれば万事解決すると思うのだが…。
横浜駅西口をちょっと行った運河沿いに屋台が並んでいる。奥から2、3軒目に黒龍というおでん屋があった(画像は200408)。今でもあるかもしれないが。
おでんは四角い鍋で煮えているが、脇に真っ赤な丸鍋があり辛い朝鮮風の煮物(名前知らない)ができている。一時はよく通った。
2、3年前に鍋を主宰していたおばちゃんがいなくなり、店の雰囲気も変わった、と潜入捜査官ジャンボから報告があり、行かなくなった。
ところが京急で一駅先の戸部でおばちゃんが復活したという情報が某筋からもたらされた。画像のサランというお店がそれだ。何か事情があったのだろうが取材はしていない。
戸部からちょっと歩いた紅梅通りという道に面している。こんなところで飲食店が成立するのか、と思ったが近所にイタリアがあったり、カレー屋ができたりしたところをみると、それなりのロケーションなのかもしれぬ。
今度は看板にも韓国家庭料理と併記してあり、半島色を強めたような気がする。
辛い煮物、チャプチェ、チジミなどいただき、マッコリ飲んでいたが、結局焼酎にたどりついた。
横浜から京急で一駅というのが、遠いのか近いのか、微妙ですな。
というわけで、その日が来た。生日快楽メールが来たり、隣のデスクのお嬢さんがプレゼントくれたりする。厚意謝すべし。
放課後は某出版社の方が西荻砂咲亭で祝ってくれた。厚意謝すべし。画像は山菜天ぷら。例によって焼酎ロック飲む。
飲み過ぎてバスが終わっていたので、中野までJRで。
おお!!絶滅危惧種の201系が来たではないか。画像は中野到着の最後尾クハ200-129。最近では0430朝、東京駅で目撃している。JRまで祝ってくれているようだ。
勘違いは年寄りの特権ですな。
ところで、このクハ200-129だが、運転室後ろのナンバー表示が画像のような発泡スチロール(?)に手書き状のものになっている。
本来のプレートが盗まれたのだろう。あるいは盗まれる前にダミーで自衛しているのか。上機嫌で回家のはずが嫌なものを見せつけられた気分。
放課後、浜松町の玉川屋で立ち飲むのは理屈ではない。
日が長くなって19時近くまで、手ブレが気にならない程度に明るい。
理屈でないのはタマだけにしておけばいいのに、秋葉原、新橋と長征。
こうして頭から突っ込んだ記念すべき1年が呆気なく終わった。馬齢というものは自動的に重なるのだ。
画像はやきとん元気@秋葉原(先週撮影)。
千葉方面で法事があったので、久々に京成を利用した。まあJRで行くのが普通だろうが、いいじゃん!!京成に乗りたかったんだから。
本年6月末が前身の京成電軌創立100周年とかで、スカイライナーもそのようなシールを貼っている。
あくまでも会社創立100周年であって、電車が走り出したのは、もっと遅い。最初の区間である押上―江戸川と高砂―柴又間が開通したのは191211(大正元年)である。
さて、久しぶりに乗った京成で印象的だったのは何といっても京成船橋が上下線とも高架になっていたことだ。
同社85年史によると199302に船橋市内連続立体交差化工事の安全祈願祭を挙行したというから、この頃から実際の工事が始まったのだろう。
上下線とも高架になったのは200611のことで、安全祈願から勘定して13年経過している。大工事だが、この段階では2階のコンコース部分が未完成であった。
この京成船橋付近の高架化だが、まず上り線が200411下旬に完成、供用開始している。画像は200509のもので、その状態。上りホームから下り側を見ている。
某生涯学習団体の合宿が千葉方面であり、船橋で乗り換え千原線の学園前まで京成で行った際に撮影した。
もちろん同学には説明できないルートだ。皆さんはJR千葉で集合し、そこからバスで行ったらしい。
それ以前、地上時代はこんな状態だった。画像は199402のもので、これも上りホームから下り側を見ている。
地上時代は対向式ホームに、それぞれの改札があったと記憶する。朝ラッシュに上り改札から画像の踏切を横断してJR船橋に向かうお客が多いのに、ラッシュ時は遮断時間が長く、よく話題になった。
今回の高架化で抜本的に改善されたが、残念なのは本当の直上高架のようで、カーブの改良などが見られないことだ。
それでも対JRの乗り換えは飛躍的に便利になった。京成にとってはあまり嬉しくはないだろうが、スピードアップなど細かい努力で地道に逸走を防ぐしかあるまい。
せっかく京成沿線で時分どきになったので、京成八幡駅直近の大黒屋へ。荷風散人が最後の外食をしたというので有名なお店だが、普通の和食屋といった態。といっても保谷あたりではこのような店もない。
今年は散人の生誕130年、没後50年だそうだ。ということは荷風30歳のときに京成電軌が創立したことになる。もっと後、1946(このとき67歳)に市川に転居してから、京成の話題が日乗によく登場するようになる。
といっても鉄分の人ではなかったようで、例えば「京成電車沿線彼岸花盛にひらく」(日乗19470927)といった内容が中心だ。
大黒屋だが、老生は19960427東葉高速鉄道開業日に、帰路ここでカツ丼を食している。
その時はなかったと思うが、荷風セット??を新発見。散人の発注パターンだったカツ丼、上新香、菊正1合が画像のようなセットメニューになって1200円+悪税。お銚子1本はやや物足りないが、1260円で散人気分になれるのだからちょっと嬉しい。
うんと早いお花見の時に出た話で、同じようなメンバーで月島の魚仁へ。
チェリー應采兒みたいなねえさんが優れていて、オーダーはまず間違えないし、うまく客をさばく。よって、見た目より客の回転が速い。
画像のような魚介類を堪能した。とはいえ、細胞壁のあるものも食べたくなるのが人情。具体的には、どういうわけかジャガイモベーコン炒めが食いたくなった。…といったあたりも回転が速い理由の一つかもしれぬ。うまくできていますな。
汐留から新橋まで歩いたので、圭ママ覗いてみたが立錐の余地もない。そのまま回家。
0331某氏らとフライング気味のお花見を敢行。一時よくやったように缶ビールもって池畔を徘徊。
最終的には湯島の三四郎(画像は199312)に突入すればいいと考えていた。ところが三四郎は閉まっている!!
三四郎のお嬢さんのブログ「江戸川区議 上田令子のお姐が行く!」に三四郎が3月いっぱいで閉店―という0315付けの記事があるのを最近発見した次第。坊ちゃんもおられたはずだが、やはりアート方面に向かったか。
しょっちゅう行っていたわけではないし、特に最近甘過ぎと感じたこともあったが、なくなると寂しい。どこか背筋が伸びている昭和の酒飲みがいそうな雰囲気があった。もう一度三四郎揚げ食して栄川の冷や酒がぶ飲みしたいものだ。
最近、酒屋の立ち飲みで後輩だか部下だかに説教たれているようなおやじ(といっても老生より若そうだ)見受けるが、説教にはこの店あたりの方が似合いますぜ。…といっても手遅れだが。
0402は某先輩らと大井町の大山酒場に足を向けたところ、画像のような告知が。このお店について老生は新入生だが、白い割烹着のお嬢さん方がきびきびしていてよかった。
某酒屋のおやじ氏に、酒は味わうもので酔うためのものではない―と諭されたことがあった。
これに対して老生は、何も考えず、五感を麻痺させてぐずぐずと飲むのもまたよい、と思うのだ。方向性は違ったがぐずぐずと飲める店が相次いでなくなって、何だか悲しい(老人性鬱というレッテルを貼れば、それっきりだが)。
この世の中で、永遠に続くことなど何もない―と頭ではわかっているつもりだが、実際に目にするとうろたえてしまうのだ。
某氏主催の一応花見ということで浅草4丁目の韓国料理なると初体験。お店の名刺には韓国家庭料理/居酒屋と書いてある。そして代表者の方は任さんだが、イムとルビが振ってある。普通話ではレンだろう。広東ではヤムでイムに近い。やはり同心円的に変化していく、あるいは古い読みが残されるのだろうか。老生、この分野も全く素人ですが。
千束通りからちょっと入ったところにある。この通りは半島系のお店が多いようですな。
焼き肉もあることはあるようだが、居酒屋系のものが多く、焼き肉より落ち着く感じ。店内奥手には運動選手の色紙が貼られ、期待が高まる。
画像は蒸しカシラ。ごま塩でうんまい。あと印象に残ったのはカキの塩辛ですな。塩辛化で味が濃厚になるのだろうか。
石焼き○○というのが結構あって、ビビンバの容器でミノとかツブ貝とか供す仕掛け。
初回で全種目制覇できっこない。
で、いい加減飲み食いした後、隅田川沿いに桜見物に行き、芯から冷える(かような場合は「まで」冷えるのか??かの『神田川』では「まで」だが、髪という周辺部品に限定、冷えの到達点というニュアンスと思う。老生、この分野も全く素人ですが)。
池袋から乗ったのが急行で、石神井公園乗り換え。で、ちょっとだけ工事の様子を見る。画像は石神井公園2号踏切、工事のため歩行者のみ渡れるようになっている。
何やらクレーンが働いているが、暗くてよくわからん。
汐入のヒデヨシ酒店、最近気に入っている。といっても場所が場所だけに毎日行くことはできない。ので三連休の真ん中に当たる0321、頭から突入。
地元の賭神ご夫妻を囲んでおるのは、某氏、某々氏、某女史、某々女史。
漬け物がいいよね、ここんちは。卡拉OKへと流れる。
本日は横須賀線で横浜まで出て京急に乗り換えた。
武蔵小杉の新設工事を確認したが撮影失敗。
画像は横須賀線の横浜駅ホーム。現在拡張工事中。地下化した旧東横線のスペースも使うということである。
画像は、ほぼ同位置から眺めた地上時代200112の東横線下り側。ステンレス車の屋根部分が見えている。
この後200402、みなとみらい21線が開業東横線と直通運転が始まった。みなとみらい線は全線地下。東横線も東白楽付近から共同利用駅となった横浜まで地下化した。
(0322追記:撮影失敗―と書いたが、下り列車先頭からのへたれ武蔵小杉画像追加。E217系撮影しにくい。)
南武線をまたいだあたりに新駅を建設している。画像左側で躯体を施工中、海側に下り線をずらし、上下線間に島式ホームをつくる。
既存の南武線武蔵小杉と連絡するが、連絡通路はおよそ250メートルほどにもなるという。海老名のJRみたいにな感じだろうか。まあ、こちらは最終的にはラチ内で南武線とは連絡するであろうが。
なお画像対向線(上り線)に合流してくるのは新鶴見信号場からの連絡線。下り線からも上り線高架部をくぐって新鶴見に連絡する線が分岐している。
放課後の人生相談劇場は新宿の呑者家西口店。天気が悪くなってきたので駅近で。
悪あがきしているうちに季節は移ろい、ソラマメのシーズンになっちゃいましたな。
昔は冷や酒(主に銀嶺立山)をよく飲んでいたが、今では焼酎ロック(主にまんこい)飲んでいる。翌日楽だもんね。
とっくに娘はいなくなっているのに、家で老婆のチラシ寿司食って寝る。
放課後、JR浜松町駅金杉橋方面出口直近の玉川屋へ。
最近の混雑ぶりはすんごいものがある。我らは隅っこでいつものように焼酎ロックいただく。今日は豚キムチ鍋があったので暖まった。
公開中の「少年メリケンサック」のロケがあったのでビッグネームになったのか。映画は未見だが画像のあたりが登場するとか。
老婆のお供で吉野梅郷にウメ見物に出かける。久しぶりに青梅線に乗りたいというのが老生の下心である。200804あたりまでは定期的に武蔵五日市に行く用事があったが、それもなくなり拝島方面とは縁遠くなっているのが、やや寂しい。
というわけで青梅線の日向和田へ。
画像は青梅市梅の公園。本日(0221)から有料公開である。ちょっと早かったかもしれないが、120種、1500本というウメはさすがに見事。
ダンプに注意しつつ吉野街道を歩いて「梅の内」で昼食。
これで「めのうち」と読ませる。街道からちょっと外れた古民家風のナイスな蕎麦屋だ。
老生は本鴨せいろ、老婆は天もりを頼んでシェアする。天ぷらにウメが入っていたのに感動。我らが案内されたのは、いろり端だったので鴨せいろの後方に炭火が見えている。
この後、吉川英治記念館を見物。おお、銀河??模様の箱入り「新・水滸伝」は少年時代に読んだことがあるぞ。どこへ行ってしまったのだろう??また読みたくなってきた。
吉川英治記念館で時間をくってしまい、二俣尾14:17の上りをタッチの差で逃してしまう。本日は次の上りが来るまで30分、何もすることがない。
だが悪いことばかりではなく、49分発の上りは201系改造展望車四季彩編成であった。201系がほとんど全滅状態の中、ラッキーというべきだ。201系が消えていくということは補修部品もなくなるということで、四季彩もこのままでは済まないだろう。
といっても外観は手直ししているので、VVVF更新であろうか。それともE233(E235??)系で展望電車を新製するのか(なさそう)。大量に発生している209系をタネ車にするのだろうか。川向きシート(奥多摩側1両のみ)は伊豆急みたいで楽しいが、仙石線で実績のある2WAYシートを採用するのではないか。…などと興味は尽きない。
0121に行った汐入のヒデヨシがヴェリーナイシーだと横須賀在住の某氏に吹聴したら、勤続20年の休暇をとって行くという。停年までに有休を少しでも消化したい老生も気合いで応じる。
汐入計画を控えているにも拘わらず、軽くならいいだろうと前日(0216)も玉川屋に行ってしまった。あれこれ、それこれで、タガが外れかけている我である。まあ某氏、某々氏も入口で立ち飲んでいたけどね。
まず京急蒲田。
画像は空港線から本線につながるところ。すごい光景だなあ。
このあたりは空港線も含めて、下りが3階で上りが2階の二重高架になる。京急蒲田接続部というか第一京浜の踏切から単線の空港線も完全に複線とする計画だ。
ホームは完成予想図のように、切り欠き付きの対向島式になる。
現在は下り本線を横切るかたちの横浜側からの空港行きも、スイッチバックではあるが直行できるようになる。
緩急結合もできるが、切り欠き部分で停車している緩行列車から急行列車に、あるいは逆に急行列車から緩行列車に乗り継ぐには、ホーム上を上下方向に歩かなければならない。
糀谷まで一駅分歩いてみたが、結構工事が進んでいるのを実感。
糀谷で来た4両編成の列車に乗ると以下のような運用であった。
京急蒲田で下り方面の特急になる。川崎手前で停止。川崎に8連の快速特急が停車、その後方に連結。12両となって金沢文庫まで快速特急として運転。この間、後方の4連は快特浦賀行きを掲出。文庫で切り離して後方の4両は各停浦賀行きとなる。これぞ京急!!を体感した次第。
たまたま、ではあるが糀谷から汐入に向かう老生のためにあるような運用。今どきは各鉄道とも連結とか解放といった、面倒なことをやらなくなっているのに奇特なことである。こんなアクロバティックな運用が一見のお客に対して親切かどうかはわからないけど…。列車本数を増やしたくないといった事情でもあるのだろうか。
15分遅刻して汐入到着。ヒデヨシ今日は空いている。まあ早いというのもあるのだろうが。お店は9時から開いているそうな。
賭神パパのご案内で一福へ。せっかくのお店だが記憶が飛んでいる。次回はちゃんとしないと辞任に追い込まれると肝に銘じた。
仕事場の方々と神田の味坊へ。
東北新幹線の高架構造物を眺めながら、東北縦貫線について熱く語ったが、同僚各位の関心は薄い。
画像はここんちで老虎菜といってるもの。辛い辛い。人生もピリッといきたいものだ。
今年になって初めて行ったところだが、ひどく気に入ったので、西武沿線の友人と下井草のこいくちやへ再び。
画像は芋焼酎ロックのダブル。メニューにないが頼んだらできた。画像にしてみれば、ただ透明な液体だが、注ぎっぷりがよかったので記録。
紅しょうが肉巻きとかタン煮など、がんがん食らって機嫌よく回家。石神井公園行きのバスがまだあったのが、小さな幸せ。
近いような、そうでないような中央線沿線。
自由帳面氏と西荻の戎へ。南口の晏閣の脇を通って、ちょっと行くと戎がいっぱい。我らが入ったのがたぶん本店だろう。
老生は焼酎ロック、氏はお湯割り。
後輩に仕事を任せて、ハッピーリタイアなさる、と。ややシリアスになる。
泥酔せず、まだあったバスで大泉学園に出て回家。
大先輩の賭神ご夫妻が案内してくださるというので、横須賀へ飲みに行くこととなった。
何軒かハシゴしたが、一番おもしろかったのはスタートのヒデヨシ商店。京急汐入駅直近だ。このときは、まだ薄暮ゲーム。
ホームグラウンドである浜松町の玉川屋が、そのまんま移動したような感じの酒屋店頭飲み。若干ルールが違うみたいだが、気にしない気にしない。缶ビール、焼酎ロックなどいただく。
最近、玉川屋もインターナショナルな感じになってきて、白人の兄ちゃんがビール飲んでいるのを目撃したことがあるが、国際化では横須賀の方がウワテだ。
ドル紙幣などにコメントが書いてある。
英語はよくわからんが、ここで飲んだ人々が幸運だといいな、と思うばかりだ。
この後メイン会場に移動したが、ヒデヨシの焼酎が効いて、よく覚えていない。最近飲むとすぐ眠っちゃうしね。
汐入集合だったので、品川から京急に乗った。都営線内でも、よく目にするようになったステンレスの新1000系だが、どういうわけか今日はお目にかからなかった。
画像は蒲田付近、京急得意の直上高架工事風景(ホームは雑色)。このスケールに比べたら、老生が日々レポートしている石神井公園や保谷の工事など、小さいものだ。
まあ、この工事にも税金が使われているわけだ。大東急系各社は税金を使うのが上手に思える。一方、西武は税金を納めないのが上手だったみたいだが。
上野の肉の大山といえば立ち飲みだが、奥はレストランだ。
そこには画像のロースカツサンドをはじめ、なかなか魅力的なメニューがある。
レストラン側から立ちメニューのやみつきコロッケなどは注文できるが、立ち側でカツサンドは注文できないかも。
両側を老生と森姐でいただき、真ん中のピースを遅れてくるざー氏にとっておく。先着した我らの良心。
カツサンドと双璧は煮込みであろう。堪能しました。
左が牛スジ煮込みで醤油味、右が大山名物特製煮込み。こっちは白味噌仕立て。
生ビールからワイン、焼酎ロックと進んで早めに回家、明日に備える。ふふ。
で、本日は槇島酒店。看板娘のチャーミー(携帯で撮ったので画像は小さい)が機嫌よく愛嬌振りまいている。どうもヒト換算でアラ還の老生と同年配らしく、日本語の娘というには違和感がある。
が、正月休みに月姐が貸してくれた「武侠梁祝」(大陸入手版なので「剣蝶」というべきか)見てたら、シャーリーン蔡卓妍の祝言之が母親を「娘」と呼んでいたので看板娘でOK了。
濁り酒の上澄みなどという結構なものをいただいてチャーミーが一段と美しく見えた。
武侠梁祝については、ちょっとまねっこしたことを含めて改めて記す。
(20090110追記)その後の取材で、東海飯店(いつもの浜松町モノレールビルのそれではなく、御徒町の同名店)へ流れ、蟻酒を飲んだことがわかった。以前、某風水先生邸で蜂とか蜥蜴みたいなの入った焼酎いただいたことを思い出した。
御徒町北口のすぐ東側に100ダイニング+があることに気づいた。で、入ってみる。
ゲームセンターみたいなコインで支払うシステム。モルツのグラスが100円コイン1枚。中ジョッキが2枚、大が3枚。放課後の約会の時間調整によろしい。
御徒町といえば槇島酒店だが、そこよりさらに近い。選択肢が増えるのはいいことだ。
前世からの定めで神田駅の東北側、新幹線のガード下味坊へ。
今回初体験は画像の串焼き。羊のサテですな。羊はいつもクミン風味というのをいただくが、前回隣のテーブルのお嬢さん方が食べてるのを見て、次回は串焼きと心に誓った次第。
老板が店の外で焼いてくれる。うまそうでしょ。うまいんだ。一部を花巻パンで挟んでいただく。
焼酎、紹興酒と進んで、よせばいいのに新橋地下組織に潜入してまた飲んでしまった。ロブロブが残念なことになったので、味坊の後どうするかというのが大きなテーマとして浮上してきた。
ずっと気になっていた巣鴨のでかんしょへ、放課後の予定がないざー氏と。
立ち飲みで、一時の神田ロブロブの2階のように樽を立てたテーブルで飲んでいる。
我らは奥の方のテーブルに案内された。丸太を横にした椅子があり、微妙な座り心地だ。
チケット制で、初めに回数券買うと1割おまけが付く。
ちょっと嬉しかったりしますな。
丸太上に長居はできず、同じビルの地下の村役場に移動。はげあたま焼酎がぶ飲みして回家。
自由帳面氏絶賛の王子山田屋へ。
王子集合なのだが、若干時間があったので、大塚から都電に乗った。
今の都電は均一料金160円なので、運転士側で支払い、後ろの大きいドアから降りる前乗り後ろ降り。多くのバスは料金が均一でないので、後ろ乗り前降りであろう。どっちにしても、客は車内を移動しなければならない。
山田屋。店内は昭和丸出し。
氏のお導きで半熟卵からスタートするが、ここの半熟卵って汁ソバに乗ってるのね。初体験。
ポテトサラダとか穴子天とかいただく。
チューハイがぶ飲みして、店を出る。画像右側がお会計場面。レジの左が出口だ。どうやら、お店全体が後ろ乗り前降りになっているようだ。
平澤かまぼこ店で一応冷酒飲んで回家。
東武東上線の大山といえばアーケードが立派。老生の地元・西武池袋線でいえば東長崎か江古田あたりに相当する感じだ。
ちょっと外れたところにあるのが鏑屋。こっち方面に用事があったというY博士とのぞいてみる。お店と客が醸し出す熱気がすごいね。我らも溶け込む。初めてのお店だが前世でも通っていたに違いない。
煮込み、マグロの中落ちなどがんがんいただく。ホッピーからスタートしたが、気づけば芋焼酎ロックになっている。
画像はコーンのかき揚げ、和風フリッターというべきか。なかなかおいしい。
流れで帰りは池袋までバス。下板橋の留置線の整理が進んでいるようなので、確認しようと思っていたが果たせず。次回は薄暮ゲームで下板から歩いて来ようと心に誓った。
淡路町のみますやの先。以前はロックウェルという店で、ノーマン・ロックウェルの絵が飾ってあるレストランバーだった。みますやで燗酒飲んだ後、一杯だけバーボン飲むの好きだったね。
現在のスタッフにその頃の話を聞いても反応がない。当然といえば当然。入り口を守っていたスノーマンも見当たらない。スノーマンをランドマークにしていたというY博士は見当識を失った、と。
現在のカンドーレはパスタとワインを打ち出しているお店。いただいた料理の画像は全部大失敗で掲出できない。哀れな老人が目覚めると、枕元に新しいデジカメがあったりしないかな。お地蔵さんにカサ被せたり、子供にいじめられているカメ助けたりしてるんだが。
食主飲従という印象を得たが、我らが食いまくっただけかも。
十条の現場で働いているジャンボと東十条みとめへ。
ここに来ると、刺身とかからし焼きを頼んじゃうけど、今日は画像の豚バラ串焼きをマーク。狙い違わず結構でした。あ、お刺身もいただきました。
ところで改めて眺めた東十条駅はきれいな2面3線で、東側に留置線がある。
以前の下十条電車区。今は浦和電車区に統合されたようで、このあたりも保谷を思わせる。保谷も工事完成後はこうなるのか、何ともいえない。後づけでは、なかなかきれいな配線にはならないだろうな。
自由帳面氏に頼み事をしていたので麹町の事務所へ。いい時分なので雨の中ちょい飲みに。
さくら水産目指していたんだが、どうも入っていたビルそのものが建て替え中らしい。氏に案内してもらって2軒流れる。
2軒目は、以前もご案内いただいた酒の坂口だ。シラスにミョウガを載せたのがひどくうんまい。歳のせいで量は飲めないとか、すぐ寝ちゃうなどと話しながら飲む。
上機嫌で回家。ちょうどNHKBS2で「男たちの挽歌」(英雄本色)を放送するところだった。またまた見てしまう。
結構ですな。最高の呉宇森、渋い狄龍、輝くばかりの周潤發、響く張國榮の「當年情」。
プログラム(画像)出してきて眺める。冷静に見ると、いろいろとアラもあるんだが、見つめ合う男と男の視線に酔いが回るぜ。
Ⅱ、Ⅲも連夜放送らしい。何だかわからないが、いいぞ、BS2。
(20080930追記)
周潤發のマークが楓林閣に殴り込みに行く前、跨線橋で豪(狄龍飾)逮捕の新聞記事を読むシーンがある。
その下を臺鐵のディーゼル牽引列車(莒光號?)が通過する。
たぶん画像の西門町のあたりだと思うが、老生が台北を訪れた1999年の段階で既に臺鐵は地下化していて、作中の風情はなかった。
江古田富士登山に初詣NG組のざー氏、月姐とアタック。画像は4合目あたり。
老生は7月に行き、今回は2度目なので山岳ガイドに徹する。
今回も木の葉が邪魔して眺望がひらけなかったのが残念。境内に屋台も出ていて軽く縁日風。一休みして次の目的地へ。
次の目的地は15時オープンという秋津の野島だ。それに合わせて登山のスケジュールもつくった。
無事、奥の方に入れ、画像のようなもつ焼きを堪能する。この持ち重りのするレバーが1串90円ですぜ。
西武の秋津とJR東の新秋津を結ぶ道沿いにあり、何回か入ろうとしたが、果たせなかった宿題店。嬉しい嬉しい。昼間の酒は廻るけど、今日は食主飲従なので、まあセーフ。
ここまで来たので新秋津駅の先へ。
ここにはJR東日本八王子総合訓練センターがあり、103系改造の105系が訓練車として残っているのだ。
京浜東北線へのE233系投入が進めば、この訓練車も京浜東北線を追われた旧型209系で置き換えられるであろう。というか来月(200810)にも実施という噂だ。
JRの、しかも103系に深い思い入れはないが、ちょっと見ておきたかったのだ。
(20080914追記)
今頃気づいた江古田駅の掲示。
江古田駅と周辺の整備が発表になって久しいが(リンク先はpdf)、来月から駅舎改築にとりかかるようですな。江古田駅整備株式会社によるやり方は東長崎と同様。
必要な資材は東長崎駅山側の側線から貨車に積み込み、西側の上下線間の渡り線を使って江古田に運ぶのでは、というのが老生の想像。江古田駅周辺の道路が狭いからね(20080916追記:下り線で江古田に着いても上りに転線できなそう。線路封鎖するなら渡り線を使わず上り線だけで往復できる。渡り線はより長距離用か)。
恐らく10両編成対応となり、東西自由通路ができ、バリアフリー化も進む。ただし抜本的な立体化には手をつけないので厚化粧のような観も(失礼)。
放課後の活動は十条方面だ。
東十条のみとめ。
Y博士が仕込んできた情報によると、ヴェリーナイシーなスポットらしい。
カウンターだけの目立たぬ店だが、刺身類が優れている。老生の好きなカツオの刺身が上塩梅であった。
街道筋の大姉御に一応メールするが反応なし。
優れているのは刺身ばかりではない。
画像は“からし焼き”。どう見ても肉豆腐だが、ここんちではからし焼きなの。老生の舌ではからし味も感じなかったしね。命名の由来は聞かなかった。ビール、焼酎などいただく。
埼京線で池袋、新宿方面に帰りたい我らは十条まで夜間行軍する。
画像は十条駅ホームの赤羽側に接している仲道踏切。久々に赤羽線の3文字を目にした。何ら実利はないが、ちょいと嬉しくなりますな。
みとめでは自粛していたコップ酒を斎藤酒場で解禁。お約束通り、ざー氏が串カツ(の破片)をスーツに付けるというパフォーマンスがあり、回家。
当初の人生設計では、放課後は某試写会に行こうと思っていた。
が、前日ホウ・シャオシェンのレッド・バルーン(紅氣球)見たらすっかり腰に来てしまった。2時間弱の尺だが冷房の中座り続けるのはきつい!!先週の赤壁も、さすがに見ているときはそう感じさせなかったが、終わってみれば長かった。
ので、計画を変えて森姐と升本へ。
Y博士先回りしている。なんだか久し振りに飲み屋らしい飲み屋で座って飲むなあ。
塩らっきょう、じゃがいもなどいただく。
博士は酎ハイでスタートしていたが、我ら後発組は生から焼酎ロックへ。ニラの卵とじ、串カツなど食ったり飲んだり忙しい。
腰のせいではないが、立ちたくなって隣のよりみちやへ小移動。
画像は冷やしトマトとカマンベールフライ。赤ワインから黒糖焼酎へ走った記憶あり。
さらにうどんでも食うか、と向かい側のさか田へ行こうとしたがビルが更地になっていて見あたらない。後で調べたら移転したらしい。
世の中変化が激しいのお。
先日入れなかった大塚の小閣樓に行ってみる。
王天林みたいなおやじの勧める川七という台湾の野菜炒め。モロヘイヤみたいなテクスチャー。
王天林が勧め上手で鴨、看板メニューらしき上海チキン、鶏の白レバーなどなど暴飲暴食に走る。
最後は二人で担々麺をシェアする。ちょっとやり過ぎた。
2011年度限りで廃車になるという都電7500系のトップナンバーと遭遇。幕式の行き先表示は風情がありますな。
これを見送りつつ回家。
幾つか用事がまとまったので、老婆と恵比寿ガーデンプレイスへ。
まず東京都写真美術館で上映中の「いまここにある風景」(画像はチラシ)を見る。カナダ人写真家のエドワード・バーティンスキーによるドキュメンタリー写真制作の記録というべきか。導演はジェニファー・バイチウォル。
冒頭、黄色い工場のシーンが延々と続き、息を呑む。富士通ファナックかと思っちゃいました、というのはウソ。ファナックだったら黄色いロボットがラインを構成しているのだろうが、黄色い服着た女工が並んでアッセンブリーに勤しんでいる。
パンフレットによると燦坤という会社。台湾資本の家電メーカーのようですな。どこかに「使用中」と書いてあったが、中国でもそういうのかな??
あと印象に残ったのは電子機器のゴミとその分別。どんどん作られる電子製品もいつかは(結構速いのだろう)ゴミになり、いわゆる第三世界に集積されていく。作り出すことと捨てられることが対になっていると主張しているかのようだ。
三峡ダムもそうだ。この現場で9年も働き続けている労務者の言葉が紹介されている。巨大ダムと巨大発電所。今後もこれを上回るダムはできないということだ。万里の長城をお造りになった方々の末裔だからね。
一方、湖底に沈む町に住んでいた人々は、自分たちの住んでいた町を壊して賃金を得る。ダム湖を走る船の安全のために建物群を破壊しておくのだ。作中人物が「被爆地のよう」と発言していたように記憶する。
紅顔の美少年も白頭翁になる!!というのも文章の世界で理解するのと、ドキュメンタリー画像で見せつけられるのでは、別物のような気がする。
せっかく恵比寿まで来たので写真展を見物。
「ヴィジョンズ・オブ・アメリカ」と今森光彦写真展「昆虫4億年の旅」だ。両方とも、特に後者はどんな機材を使ったのかが知りたいところだ。まぁ老生のよりも上等なインクジェットお使いなのだろうけど。
せっかく恵比寿まで来たので生ビールをいただく。
恵比寿麦酒記念館のテイスティング・ラウンジというのが、その筋で有名なスポットだ。
有料試飲ができるんだが、ここの生はうんまい!!4種類のビールを比べられる「飲みくらべセット」がオススメ。
アッという間に比べ終わったので、他で見たことのない琥珀ヱビス(画像)もいただく。
ワインの試飲は思い止まった。
老婆が元町中華街方面にお出かけなので、昼食は沿線の友ざー氏と石神井公園の玉仙楼へ。前から行きたいと思っていたお店の一つ。
飯だけ食うなんて馬鹿なことはできないから、土日は飲まんという禁を犯して酒も飲む。どんどん飲む。
ちょっと嬉しくなるメニューの中から鶏足などいただいたが、画像は見た目も味も無難な四川風漬物。
ここは駅南口からボート池に向かうバス通りに面している。枯れ切った二人でバス通りを下り、缶ビール片手にボート池畔を歩く。暑くてたまらん。
さて、石神井駅周辺の道路の中で、ホーム東に面している通り(補助132号線)は北側だけ立派になっているが、真っ直ぐ南進してボート池までつなげる計画だ。そのようなことを11日から今日まで駅北口に設置していた駅舎計画オープンハウス(テントだけど)で説明していた。
この町に住んでいるわけではなく、駅高架化に関心のある老生にとっての収穫は、仮設地下通路の取り付け部分が明らかになったことだ。
南北とも現在の改札口からさほど離れていないので助かりますな。
バスは新設の補助132号線に移るだろうから、ボート池までの道は純粋な生活道路という位置づけになろうか。その時これらのお店は発展するのか寂れるのか。
山手線の大塚駅は工事中。現在はホーム中程に階段、エスカレーターなど新設し、仮設通路で従来の南北改札口と連絡している。最終型は自由通路ができるようだ。
今でも都電のホームが実質的な南北自由通路になっているが、バリアフリー的な配慮が遅れている。
そんな大塚に行ったのは、画像の小閣樓という店が気になったから。
城北方面に用があったというY博士と行ってみる。香港島側の北角(ぱっこ)あたりにありそうな路地ですな。んん!!がうちょわ~~~。火曜定休じゃん。
大通りを渡れば江戸一、きたやまゾーンだが、お花見の時に満員で入れなかった木曽路へ。
入れた入れた。
生ホッピーから始まって、キンミヤ追加。レバカツ、魚肉ソーセージの卵とじなどいただいて機嫌よく回家。
久々に浅草寺病院の先の釜めしむつみへ。
煮物、えびしんじょなどいただいてご機嫌。同行者があまり飲まないので、こちらも控え目。とはいえ日本酒は効きますな。
某先輩の説によると、お米に由来するご飯と日本酒は合う。同様にパンとビール、干しぶどうとワインも合うらしい。
どこまで普遍化できるかわからんが(馬刺と馬乳酒とかね!?)、釜飯の焦げたあたりで冷や酒飲むと進むのは確かだ。
滅多に来ない浅草なので、地下鉄雷門ビルにあった東京地下鉄道の社紋を軽く探したが、見あたらなかった。残念。
雨空の下、東急目黒線が日吉まで延長したというので、一応見物に行く。
ハイライトは武蔵小杉→元住吉間で、東横線は高架のままだが、内側の目黒線は地平に下り、車庫線と連絡してから再び高架に駆け上がる。
大昔、老生は通学で東横線にお世話になったが、この車庫の脇で7000系上り急行が時速100キロを超したことを覚えている。元住吉そのものは車庫がある以外は印象が薄い駅だったが、今の元住吉は天空の城のようである。
日吉の後は赤坂バードランドというところへフラダンスの見物に行く。歌舞音曲とは縁の薄い暮らしだが、知り合いが出るというので話は別だ。
ハワイアンを聴きながらビールなどいただくと、気分はすっかり若大将あるいは「香港・東京・夏威夷」(ホノルル・東京・香港)の世界。
でも尤敏も星由里子も見あたらず、外に出れば雨が足元を濡らすばかりである。
気づかなかったのだが玉川屋に画像の色紙が掲出されている。宮﨑あおいとユースケ・サンタマリアのだそうな。
1月ほど前の深夜、玉川屋で映画のロケがあったというのだ。「少年メリケンサック」がそれで、2009年正月封切り予定のコメディらしい。
玉川屋も一気に全国区ブランドになりそうな予感。
Y博士のアンテナに引っかかった上野の千里香へ。丸井の裏手。レシートにSENRIKOUと書いてあったのでセンリコウと読むのだろう。
延辺風味という看板が目立つ。延辺というのは朝鮮族自治州のあるところですな。韓流と華流のハイブリッドなのだろうか。画像のようなスパイシーな羊肉串が中心。
羊肉だけでなく牛血管というのを初めて食べた。理屈ではなく、老生の血管もしなやかになったような気がする。
水餃子もよかった。お品書きに「狗」という字を使ったものを見つけたが、次回にしよう。
マッコリは結構なんだが、飲むと喉が渇く。最後にビールで口中の腥を拭って立ち上がったが…やや物足りなかったので御徒町の槇島商店へ。1杯だけ八海山飲んで解散。
こうして現役最後の年に頭から突っ込んでいくのであった。
Y博士が神田の光壽でみどり夫人、学園ママとお仕事の打合せするというので、老生もおじゃま虫。
なかなか結構なお店で、こんな保温に気遣った容器で燗酒が出てくる。まぁ我らの飲み方では冷める間がないけどね。
味坊から卡拉OKに流れ、学園ママと大泉でまたまた歌って歩いて帰った。風呂入ってる間に地震があったらしいが何も気づかず、老婆に呆れられた。
細雪といっても谷崎ではなく、マークシティのイーストとウェストの間にあるガードの北西にへばり付いている居酒屋。よい風情でしょ。
渋谷といえば問答無用で富士屋本店なんだが、ある程度の体力気力がないと、あの階段は下れない。
たまには椅子もいいだろうということで、このあたりのジムに通っているというY博士情報で行ってみた。
塩らっきょう、こはだ、肉豆腐。ホッピー頼んだら、最初からナカ1杯ずつ付いてきた。モノがわかっていらっしゃる。
ショーン余文樂の舞台挨拶付き軍鶏前売り券買いに行っていた森姐、一瞬現れて新宿方面に去っていった。
御徒町駅の南側にある南部百姓家というお店。店頭のモニュメント??が挑発している。かようなものを見逃さないY博士、フラガールさんと頭から突入。
サケの乾物(本物か??)なんか吊してあったりする民家風の造作だが、さほど嫌みはない。
トイレから吉村貫一郎が出てきそうですな。
南部というからには岩手方面のお料理なんでしょうね。
画像はキリタンポの味噌焼き(上)とホッキ貝(だっけ??)の刺身。鍋でなくキリタンポいただくのは初めてだが、結構お酒に合います。ホヤ、ツブなど貝類ガンガン喰らう。
ところが東北方面だけでなく、対馬のアジの開きも鹿児島の焼酎もうまいうまい。ワインもあります。
1回目でとても全種目制覇できない。貯金下ろしてまた行こうと心に誓った。
放課後、西荻で某社の方々と話し合い。とあるチェーン店で待ち合わせようとしたら、満員で順番待ち。結局、西安料理の晏閣へ。ここも混んでいる。そういう日にちなのか、西荻がすごいのか。
20年以上前に手掛けたことの応用編みたいな話。古い友人を若い方々に紹介する。以前やったことが今も生きているのは、本当に嬉しい。一方で、昔はよかった的な気分になることも否定できない。この辺が年寄りだね。何にせよ20年なんてアッという間だ。
画像は晏閣のピリ辛刀削麺。おいしくいただきました。
比較的早い時刻だったので、巴士で回家。のはずだったが、気づけば下井草駅頭でガンダムのモニュメントを撮影している自分がいる。
西武が沿線の練馬、杉並区のアニメ産業を盛り上げようという企画の一環。練馬区は大泉学園の車掌さん、杉並区はこれ。気がつかなかったが、上井草では発車の合図もガンダムのテーマソングになっている由。
永井荷風を取り上げて老人の一人暮らしを考えるのは「永井荷風ひとり暮し」(松本哉、三省堂1994年)あたりからだと思うが、そのものズバリの「永井荷風のシングル・シンプルライフ」という企画展を世田谷文学館でやっているので見に行く。
新しい発見はないのだろうが、実物で見せられると迫力がありますなぁ。ここだけ写真撮ってもいいらしいので、体験コーナーの画像を添付。
ハイカラな珈琲、紅茶などがさりげなく置いてある。全集が別のところにあるので直ちに確認できないが、日乗には西洋独活(アスパラ)もよく出てきたと思う。
あったりま!!だが、気儘な生活もお金の裏づけがないとムリと痛感。
ご近所のY博士と芦花公園駅近の忠やでモツ焼き喰って泥酔。20、21日連続して飲まなかった反動か。這って帰った博士と別れて、気づけば所沢。休日に乗り過ごすとは!!
はずみで日暮里で飲むことになった。まずは谷中側のザクロだ。まあ初めての人は驚くわな。ベリーダンスも見て、帰ろうとしたが喉が渇いている。
ビールでも飲もうとロータリー側のビルの2階のパブ・オコンネルへ。
窓側のカウンターに案内されて飲んでいたら、日暮里・舎人ライナーの車両がやって来た!!老生は初めて見たが、30日開業というからには試運転もたけなわですな。
ゆりかもめを5連に圧縮したような風情。日暮里側の車番が312-1と読める。300系というネーミングなのだろうか。
昨日と同じざー氏と浜松町の玉川屋。話すこともなく、うーとかあーとか言いながら飲む。
玉川屋さん3月から気持だけ値上げして、焼酎ロックが250円(悪税込み)から260円に。量を減らすといった小賢しいことしないのが心地よい。値上げ後も圧倒的なコストパフォーマンスではありますな。今日は水餃子あり。
氏によるデジカメ下取りほぼ合意したが、手放しにくい。今となっては遅い遅い動作だが、はまったときの発色(何のことだかよくわからんが補色フィルターだぜ)と、引きのない地下鉄ホームなんかで嬉しい広角28mmが他にあまりない特徴だよ、クールピクス5000。でもボタンのズーム(ほとんどのデジカメがこれだが)が嫌いだし、遅いのがそろそろ限界。
自由帳面氏と飯田橋で打合せ。よく知ってる店が地域の再開発に引っかかり、プレハブ仮店舗で営業中とか。面白そうなので行ってみる。なかなかのお店で牛スジとキャベツ炒めのキャベツが新キャベツらしく、んまい。
ホッピーとか冷たい飲み物ばかり飲んでいたので、場所を変えてコップ酒に。自由帳面氏は初めてというやまじへ。老生も2階椅子席は初めて。なかなかのエイジングでよろし。
最近わざとらしいプレハブ店舗やレトロ風居酒屋が目立つが、今日のコースは本物だ。
西武池袋線いろいろ。
ほぼ完成と見えた西武池袋駅の山手線寄りの留置線、昨年12月12日には9000系を留置しているのを目撃している。この日はいろいろと運用が乱れていたようでしたが、それ以降使っているのを見たことがない。何か勝手が悪かったのだろうか。
と、思っていたら、さらにポイント挿入のようですな。素直に考えると手前の留置線と繋げるように見える。(20080216追記=さらなるポイント挿入ではなく、画面左隣のポイントの交換だったようですな)
手前の留置線は7番ホームの途中で合流するかたちになっている。その奥は特急ホームだ。特急ホームが埋まってなければ、その部分を使ってスイッチバック的に10連でも入線できそうだ。
特急ホームが埋まっているときに、新設部分を使い山手線ぎりぎりまで引き上げて、7番線(もう1本内側の6番線も可能)に入線させるのだろうか。
妄想だが、京急あたりだったら山手線乗り越え部分に信号所つくって(池袋構内扱いでもいいけど)上りだけ2線にしそうな気がする。老生が横浜の学校に通っていた頃の神奈川新町あたりがそうなっていた記憶がある。
一方、工事中の東長崎駅だが下り側に片渡りができそうですな。
山側で工事中の側線から事業用車両が下り線に入るんだろうね。列車でなく機械扱いとしても、あまり逆行させたくないのだろう。
東長崎駅山側の側線だが小さなピットも姿を現している。
さて練馬高野台―石神井公園間だが、海側に仮設下り線をつくる工事が進んでいる。下り線を海側に移動して、現下り線を上り線として利用、現在の上り線の位置に高架構造物を立ち上げるのだろうか。
画像は富士見台9号踏切から練高側を眺めたもの。軌道の敷設に取りかかっていますな。老生が横浜の学校に通っていた頃、学芸大学あたりで盛んに高架工事を進めていた。高架工事を見ると40年くらい若返りますなぁ。
金曜日お稽古に行く度に気になるのが飯田橋JRホームから見えるこのビル。調べてみると千代田ビルという立派なネーミングのビルらしい。
同じく気になっていたというY博士と一番奥の「やまじ」へ。21時過ぎに現地集合となった。
2階は座れるらしいが、1階はL字カウンターで立ち飲む。羊肉野菜炒め、塩辛豆腐などなど結構でした。
ただ大汗かいてきた老生とデスクワークの残業こなしてきた博士との間に、塩分に対する感受性の差が出たかもしれないな。同じビルの道路側の信州ホルモン亭ものぞいてみた。
今日は新宿経由で帰る。いろんなホームを徘徊。
おお今日の「ムーンライトえちご」は道産子の4灯式が入ってる編成ですな。ここで時間とってしまい月光形を起用した「ゲレンデ蔵王」が撮れなかった。
来週もこのコースにトライしてみよう。
人としていかがなものかと思わないでもないが、帰宅途中の「ま」氏を呼び戻して田町へ。
まず、やまとや。モツ系です。古墓派氏、森姐、山ちゃんと。山ちゃんと田町は世界の山ちゃん以来ですな。
大昔はこの辺に三菱重工の工作機械部門があった。田町といえば池貝鉄工もありましたな。あと、品川の碌々産業が老舗か。
老生、機械業界に寄生しておった時期がある。今でも工作機械とか原動機とかいう単語を聞くと反応する。
勢いがついたので天使の街の丸長へ。そば屋なんだが我らは立ち飲む。
同じビルの書店でトニー梁朝偉が表紙のキネマ旬報1月下旬号を買って帰宅。
夕方、中野方面で重要な打合せがあったので、Y博士、O嬢とそのまま野方の秋元屋へ。
撮影したときは気づかなかったが、NRA(ニュー・レッドアロー=西武10000系特急車)が野方駅を通過中ですな。
同じ西武でも、老生のような池袋線沿線住民にとって、新宿線方面は近い割には行きにくい。
仮にエイトライナー(環8を導入空間とする夢の軌道系交通機関)が実現しても、新宿線の井荻、池袋線の練馬高野台と直結しないだろう。
また調布―保谷路面電車構想では、池袋線の保谷には強引に接続させても、新宿線の西武柳沢からは距離がありそうだ。
要は環状方向の交通が不便ということだ。秋元屋の帰りは中井から大江戸線で練馬に出るというのがデフォルトだが、かなりの打率で高田馬場で目が覚める。バスはアテにしない方がよろしかろう。
と、前途に不安を抱きつつチレ(膵臓?脾臓?)刺などいただく。どんどん食べる。
ヤマイモの醤油漬けがうんまい。家でもできそうだが、たくさんできちゃっても困るだろうな。だいたい自宅では、そう飲まないし。
キンミヤシャーベット+ホッピーから始まったが、途中で液状キンミヤに切り替え、どんどん飲む。今年もこんな流れだ。
西武池袋線江古田駅南口徒歩1~2分のところにイスラエル料理の店シャマイムがある。日本唯一と入口に書いてありますな。
場所が場所だけに横浜方面の人なんかは誘いにくいが、なかなかおもしろい。
イスラエルのビールとかゴラン高原の葡萄でできているワインといった飲み物が中心だが、メニュー見たら酎ハイなんかもあるらしい。
画像は2100円のコース2人分だが、これは第1ラウンド。後でカバブなどが出てきた。左上はファラフェルというひよこ豆のコロッケ。これらをピタに挟んで食べる。
コースはおかわり自由だが、満腹です。最近行った中ではザクロに似ている。
同行者から、お前のブログは「呑」部分はよくわかるが、「鐵」はわからん。大体レールの写真見て何が楽しいか。&「看」の漢字の名前がわからん―といった、ご意見をいただく。コメントも受け付けない当ブログにとって読者の生の声は貴重だ。
三位一体を目指しているのだけどね。
結構だったが醤油味のものが欲しくなったので、北口の樽平に流れて住吉をいただく。聞いたら池袋ロサ会館の樽平はなくなったとか。そういえば池袋で飲まなくなったなぁ。
大恩あるみどり夫人をきみどりなどと呼ぶことがあるのは土田よしこ先生の愛読者だったからだ。
Y博士のセッティングでみどり夫人と渋谷警察の先のキミドリへ。このあたり東急東横線地下化工事の真っ最中ですな。メトロ副都心線開業から一拍遅れて、東横線の渋谷―代官山間も地下化して直通という運びだ。
事情があってデジカメを博士に貸したので画像は後ほど。
キミドリ、立ち飲みは立ち飲みなんだが、ちと流派が違うようだ。ということを老生も博士も感じ取ったので富士屋本店へ移動。ここなら落ち着く。ワイン別館まで流れてから解散。(20071130:画像追加)
どうしてこんなところにあるのか知らないが、日暮里というか谷中銀座の上の方にペルシャ&トルコレストランがある。ザクロだ。本邦の一部地域で根強い人気があるという、いわゆるトルコライスはありません。為念。
画像はPERAというトルコビールとサブジィ(違うかも)、サラダ。トルコビール結構いけます。が直ちに赤ワインがぶ飲みに切り替える。
チラシによれば火、木、金曜はベリーダンスショーがある。知らないで行ったんだが大当たり。フトッパラなのでショーのチャージは不要。同行のフラガールも観客サイドに回る。
ガイジンの店主が場を盛り上げる、盛り上げる。空気読め!とガイジンさんに言われちまったぜ。
これは飲食の範疇ではなく、テンションの高い現地ガイド付きのザクロツアーなのだろう。いきなり靴脱いで絨毯の店内に案内されたところから、それは始まっていたのだ。長生きしたお陰で珍しいものを目にしたわ。
月姐情報により中野の写真機居酒屋トキノン50/1.4へ。月姐、案内してくれたんだが、どうもルートが中野上級者向けのような気がした。一人でまた行けるかな。
写真機居酒屋とは!長生きしていると珍しいものに出会いますな。女は乗せない戦闘機(潜水艦だっけ?)みたいな店だが、今は鉄道写真展などやっていて老生には居心地よろし。
テーブルが一つとカウンターだけ。テーブルでは御常連がカメラ談義。それもサカナにしてガンガン飲む。
黒糖焼酎有泉がナイス。20度というので大したことはないと思ったら結構回った。これで25度とか30度のがあったら(ありそう)危険だ。
もう一軒立ち飲んで江古田までバスで帰れたのは上首尾であった。また行こう。
かなり以前になるが、山ちゃん連れて世界の山ちゃんに、やっと行けた。
最近いろんなところで見かける手羽先店「世界の山ちゃん」。これ見たときに山ちゃんと行こうと心に誓った。
知り合いに山ちゃんは複数いるけれど、取り敢えず1フロア上の山ちゃんと田町店へ。
「幻の手羽先」。スパイシーな唐揚げです。ミョーにあと引きますな。みそカツとか、海老ふりゃーとか非名古屋人が思い込んでいる名古屋の味が一杯。
名古屋って本当にそうなのか?ハリウッド映画の日本みたいな勘違いもあるのでは、と思ったりもする。
この手羽先を発明したのは偉いが、さあ、これからどうする。単品の限界に突き当たる→回避するためにメニュー増やす→普通の居酒屋チェーンになる→体力勝負!とならないか。今だって立派な居酒屋チェーンだよね。
まぁ、そんなことまで老生が心配することはない。とにかく山ちゃんと山ちゃんに行けただけで意味なく嬉しい。
思えば数年前に甲子ちゃんと甲子行って以来の快挙だ。
あ、甲子って江古田のそば屋です。「こうこ」でも「こうし」でも「かっし」でもなくて「きのえね」と読むに違いない。
積極的にメニュー増やしたりチェーン展開しそうもない安定感がありますな、甲子。
山ちゃんも甲子も両方あっていいと思う。種の多様化(変換第一候補で酒の…と出た。わしのATOK)だ。
毎晩のように飲んでいても新しい発見があるから、立ち飲み界(そんな界があるとして、だけど)は奥が深い。
今夜はO嬢情報をもとに銀座一丁目のよりみちやへ。たまに行く升本と、行かなくなっちゃった岩戸の通りじゃないの。ナスダビル中二階というのでNASDAQと関係あるのかと思うと(嘘)、そうではなく奈須田酒店のバー部門のようですな。
というか1階の酒の売り場が吹き抜けになっている。その中二階の2辺がキャットウォークのような回廊で、立ったりスツールに腰掛けて飲む仕掛け。
広角系のデジカメがなかったので、この画像ではよくわからないかもしれないが、売り場の天井付近を眺めながらいただきます。結構な風情ですな。
酒屋の立ち飲みと一味違うのはキッチンがあって調理ができること。本当に久々にハイボールいただきました。
ここは地の利もよく、有楽町線から西武池袋線に乗り入れて一本で帰れるんだけど、飯能まで乗り過ごす危険もあるので山手線で帰った。
若者の街・渋谷も道玄坂より南側は熟年地帯と、老生は認定している。今はマークシティがつっ立ってるが、地下鉄と井の頭線に挟まれて玉電が発着していましたな。
そんな昭和の色濃い一角に気になる店があるとY博士情報。早速O嬢と3人組で行ったのは鳥竹。
基本的に焼鳥屋だがウナギもあり。焼き鳥うまい。うまい。画像はミョウガの串焼き、トリの煮こごり、馬刺し。
ミョウガをこのように串焼きにして味噌味でいただくのは、合計150歳を優に超える我らも初めて。長生きはするもんですな。
もうちょっと西側だが、この繁華街の壁一つ向こう側、マークシティの基部に地下鉄の渋谷検車区がある。今は組織としての渋谷検車区はなく、ただの留置線群というべきかな。
画像は1999年1月の渋谷―新橋間開業60年記念イベントで撮影したもの。
奥に銀座線渋谷駅が見えますな。平らに見えるけど駅ホームはビルの3階くらい。こちら側末端はほぼ地平なので、渋谷はすり鉢状と実感した次第。
鉄道名所案内2も東京地下鉄関連。万世橋界隈だ。
秋葉原石丸電気1号店前の歩道にある通風口は1930年元旦に開業した万世橋仮駅への出入り口を流用したものだ。
浅草側から路線を延長してきた東京地下鉄道だが、末広町から神田に向けて神田川をくぐらなければならない。
この工事に時間がかかるので、その間万世橋仮駅を終点としていたわけ。当時、万世橋交差点は複数の市電路線が通り、国鉄秋葉原も隣接。神田川の向こうは国鉄万世橋があるという結構なポイント。
本設駅の末広町行きと仮駅の万世橋行きを交互に運転したというが、収入は万世橋の方が遙かに多かったらしい。今考えても、ここに銀座線の駅があれば便利だね。
神田開業は1931年11月21日で、前日限りで万世橋仮駅の営業は終わった。以前はこの通風口を覗くと階段らしきものが見えていたが、カバーのメッシュが細かくなったのか、何も見えなくなってしまった。隣に旧営団Sマークと「ずい道内消防用連結送水管送水口」と記したフタがあるので、地下鉄関係物件とわかっちゃうが。
その国鉄万世橋だが、中央線のターミナルと做されていたこともあり、開業当時は東京駅を小振りにしたような華麗なものだったらしい。東京駅より先輩なので、東京駅を手がけた辰野金吾による習作説が濃厚だ。
ターミナル格だったが、中央線が東京駅に連絡すると中途半端な存在になる。近距離電車にとっては中間駅に過ぎず、長距離列車は飯田町あるいは新宿発着である。
これに追い打ちをかけたのが関東大震災。駅舎が被害を受けたばかりでなく、復興計画で道路が見直され市電の結節点が移動してしまったのだ。
そんな万世橋駅に交通博物館が併設されたのは1936年4月であった。駅としての規模は縮小。さらに戦時中の1943年10月限りで営業休止扱いとなり復活することはなかった。
画像は交通博物館末期に旧駅部分を公開した際のもの。ホームの駅名標はシャレ、北側の側線に業務車両が留置してありますな。こちらは行き止まりで、長距離列車の発着に充てる考えだった。
ここまできたので、もう一丁。
旧・万世橋駅の行き止まり側の側線の先にある、このポール、都電の架線柱の遺跡だというのだ。途中に段がついていることと、タマネギ型の頭部が出自を物語っているとか。
同様のタマネギはJR新橋の銀座側出口でも目にすることができる。
中央線のターミナルだった万世橋も、短期間だったが地下鉄の終点だった万世橋も消えた。今も名を馳せる万世橋、万世は飲食方面だけか(当ブログは個人情報保護に留意しております)。
風の便りに六本木に本店のある中国茶房8(チャイニーズカフェ・エイト)が餃子の店「餃子市」を新所沢に出店したとか。どうして新所?
武蔵五日市に行く用があったので、ついでにしては強引だが、ともかく老婆と行ってみた。
新所沢駅西口から数分のビルの1階にあった。
ここの団地に結婚直後しばらく住んでいたことがあるが、何も覚えていない。ここだけでなくエスニックなお店が目立つようになっています。
さすがに3時過ぎなので他の客はいない。六本木店のようなモニュメントも吊してはない。
画像は1皿210円のつまみもの。上は豆類のサラダ様のもの。下は豚タン。んまい。
土日ドライの原則を崩して中ナマを1杯だけ飲む。
1皿3個105円の水餃子も、エビと大根をトライ。
中ナマすぐになくなったのでウーロンハイを1杯だけいただく。酢豚と焼きビーフンやっつけたところで老婆から夕飯抜き宣言くらった。
近所にあったら入り浸るところだ。ご近所でなくてよかったのか残念なのか。
フラガールさんと田端の初恋屋へ(画像は2005年暮れ。冬の方が似合うような気がします)。
試しにフラガールさんの心相数を計算してみると...私の心相数との合計が999!
ここでは、これ以上説明しないがフラガールさん、私の運命の人であったのか。お願いだから嫌がらないでね。
ホントに心相数の合計が999の人に初めて出会いました。というより、初めて気づきました。奇跡的な確率でしょうな。残り少ない人生だが、こういう人を大切にしないといかんじゃろう。
この人といれば安心というわけで、名物のカマ焼き食す。論理ではない。
めでたいので冷酒ガンガン飲む。刺身系も上塩梅。勢いで焼きそばもいただいて解散。
思いがけず大興奮の一夜となった。
Y博士が発見したという御徒町南口すぐの伊勢へ。同行はいつもの飲み仲間ざー氏とほとんど飲めない福娘さん。
若い女性と飲むのは久し振り、と博士ハイテンション。福娘さんも若い女性といわれたのは久し振りと上機嫌。
結構ですな。
漬け物が串刺しで出るところを見ると神田ガード下の伊勢の姉妹店か。ツクネも神田の伊勢と同じ流派。ただし御徒町は1階もイスがあるようだ。お店の人に関係を聞こうと思って忘れた。
室温の八海山を蛇の目のグイ呑みで放り込む。
日本酒飲むと焼酎も飲みたくなるのは人体の神秘だ。よせばいいのに北口の槇島酒店へ。
我らは焼酎ロック。福娘さんは外の自販機でウーロン茶を購入。それでもグラスは出してくれる。
今宵は看板ネコが見当たらない(槇島酒店の画像は2006年6月のもの)。
職場が浜松町なもんで新橋あたりの吸引力に負ける日々だけど、山手線西側で飲むと落ち着くよね、などという話がまとまり、目指すのはウワサの大久保韓国家庭料理土地。タートと読むらしい。同行は「ま」氏、森姐、月姐。
この日中央線快速にトラブルがあったとかで、秋葉原から緩行線に乗り換えた我らは勝ち組。
大久保南口からほのかに場末感の漂う通りを進む。JRの土盛り高架もよい風情ですな。
で、すぐ入れるほど世の中甘くはない。予約で満席だと。並びの別店で小盛り上がり。このままいっちゃえと思ったが、同行者に止められる。高い目標を掲げて、それに向かって努力するという生き方ではなく、いろいろと気が散るのだ。こういう場面でもそれを周囲に見抜かれてるんだろうな。
再び朝鮮、じゃなかった挑戦。10分待ちで入店。板の間に卓が並んでいますが、我らは入口のテーブル席に案内される。
で、伝説のチーズチヂミとご対面!
キムチもチゲもよい。焼酎もガンガンいく。豆腐チゲにちょっぴりご飯入れて食す。
帰りは皆さん都合のよろしい山手線の新大久保まで歩く。
異国情緒に浸ってのお散歩だが、こんな程度でカロリーは消費されない。
またもメタボリックな夜であった。
えにっき1月ほど書き散らかしたが、読み返してみるとつくづく玉川屋ばっか行ってるなと感じた。
ので本日はモノレールビル1階の東海飯店へ。
中華な従業員が皆さんかわいい。その上19時(不確か)までに入店すると紹興酒割引サービスもある。割引だと思うと一段とおいしく感じるのが人情というものだ。
ところでモノレールは浜松町駅構内のみ単線で、増発のネックになっている。これを改めて海側(芝離宮公園側)へ移設して構内も複線化しようという動きがある。
さらに新橋まで延伸という考えは、モノレール計画当時からある。JR東日本が親会社になった現在、まるっきり夢物語でもないだろう。
そうなったら東海飯店どうなるんだろうね。ま、私が心配することもないけれど。
金曜は実質禁酒なので木曜に負荷がかかる。
神田駅北口から北上、新幹線ガード下になかなかの中華がある。味坊だ。
いつもつきあってくれるY博士と、今日のきれいどころはフラガールさん。
東北の、つまり満州の料理らしい。左はじゃがいも漢話では土豆。しゃきしゃきで、んまい。右はブタの煮こごり。
塩味のお豆腐麺状サラダ??おいしい。
あっという間に平らげて、画像がないけどヒツジの水餃子、これがもちもち。
ここんちくらいカワに力があると餃子ライスといわず、餃子だけでメシになりますな。
餃子をおかず扱いするのは本場ではヘンらしい。
これはブタとはるさめの炒め物。
普通のものより幅の広いはるさめですね。
改めて画像で見ると配色もよろし。
今宵もよくいただきましたが...。
都庁の奥というか、都営地下鉄大江戸線の西新宿五丁目駅あたりはなかなかのスポットだ。
十二社(じゅうにそう)という。以前は職場がこの近所だったので身近でしたが、最近は残念ながらなかなか足が向きません。
今日は大変お世話になった先輩が海の向こうの親会社に戻られるというので、ありがとう会です。
会場は懐かしい十二社味陶庵志奈川。通称とんかつ志奈川。よい風情でしょ。
とんかつ屋ということになってますが、何でもおいしいよ。
画像は鰯酢すなはち鰯の酢の物なり。普通とんかつ屋でこういう結構なものは出ないだろうね。
そうはいっても看板はとんかつ屋なので揚げ物もいただく。
コロッケ、メンチ、とんかつ。山盛りのキャベツとつけあわせのスパゲッティが嬉しいね。
というわけで今夜もメタがボリックなのである。
某先輩が職場に現れたので浜松町界隈でお相手するという流れに。
天国に行く日も近い我ら一行が雨ニモマケズ、足早に向かうのは玉川屋酒店。
天に天堂あり 地に玉川屋あり!
いわゆる酒屋の立ち飲みですが、お店と一体化しているガレージの方に椅子コーナー? もあります。ビールケースをひっくり返してベニヤ板載せたテーブルと丸椅子がよい風情です。VIPルームと呼ぶべきか。
職場が浜松町に移転してから数年間、このお店が夜の部は立ち飲みになることに気づかなかった。大不覚。あるときY博士とお店の前を歩いていてそれと知った。21世紀最大の発見であります。
焼酎ロック(250円也)ぶちかまします。
乾き物中心ですが調理のライセンスもお持ちのようですな。
今宵はこのソーセージが出色。