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カテゴリー「日記・コラム・つぶやき」の記事

2009年11月12日 (木)

天水圍的夜與霧 我不賣身・我賣子宮

20091022tokyokokusai_nightandfog00先月の東京国際映画祭で見たのはこの天水圍的夜與霧(夜と霧)くらいのもの。どうでもいいが、ずいぶん端折った邦題だね。
初老の香港男性が大陸妹と結婚。どうやら妻がいたらしいが、何とか折り合いつけたらしく若い大陸出身の奥さん(張静初飾)と2人の娘とで天水圍の公屋で暮らしている。

この男がサイモン任達華で、ダメさ加減が延々と描かれる。今や亞洲一不幸の似合う女・張静初の貧しい生い立ちも延々と描かれる。行き場のない男の鬱屈は暴力になって女に向かう。女は子供を連れてシェルター施設や深圳??に逃げるが連れ戻される。地域も警察も実家でさえあまりアテにはならない。
戻る場面で一瞬新界の輕鐵が出てくる。このLRT路線網と九廣西鉄のジャンクションの駅名も天水圍だ。

任も張もうまく、目をそらせたくなるような場面が続く。導演許鞍華の狙い通り??後味の悪い仕上がり。
シリーズであるような、ないようなテイストだが最初の天水圍的日與夜(生きていく日々)はチケットが買えず、見ていない。

1997get_simonyam_ana00画像は1997頃の任達華。下にサインがあるこのポラ(フジのフォトラマだけど)は老婆が何かの懸賞で当てたもの。
もっと若い頃は森田健作似でもあった。
とんでもない役もこなしたが、喋血街頭(ワイルド・ブリット)の白装束が老生は好き。
最近はジョニーの杜さんチームの常連だが、本作では怖い怖い怖い。

20091102get_truewomenforsale_ana0_2これを見て思い出したのは、DVDで見た性工作者2我不賣身・我賣子宮。福岡国際映画祭では「崖っぷちの女たち」の邦題で上映されたらしい。

香港男を追って越境してくる女と、かなりの歳の性工作者(工作はノリとハサミではなくてお仕事の意)が交差する。こちらの方は女性のたくましさに焦点を当て、コメディの味付けがある。これも1作目の性工作者十日談は未見。

こちらでも性工作者鐘鐘(プルデンス劉美君飾)の馴染み客の老強が大陸で若い女性と結婚しかかる。この男がなんと馮克安。悪い満人が定番だったが、なんかカワユイおっさんになってる。

True_women_for_sale2エンドクレジットの画面を見ると、騙したらしい鐘鐘と暮らしているような雰囲気。紆余曲折の後、小さな幸せを掴んだのであろうか。日本語字幕ないのでよくわからん。

そういえばアンソニー黄秋生の保険屋が暗恋??の、大陸から来たドクター李はジェシー孟廣美。李莫愁の李なのか。この二人、ハムナプトラ3(木乃伊3)で軍閥と愛人??部下??で共演してましたな。

本邦でも悪い気起こした(であろう)熟年男が巻き込まれる事件が相次いでおるが、まあ女性とは関わらぬが吉。季節外れにもう一花咲かせようなどと、夢にも思ってはいけないだろう。

2009年11月 9日 (月)

石神井公園 LaLa

20091109lala00
ネットで見て確かめたくなったことがあったので、夕方石神井公園パークロードへ。
友人の中ではざー師に雰囲気の似ているご主人と目があってしまい、思わずちょっとだけ焼酎飲む。月曜から飲むのはよくないとは思うが、まあタマでロック2、3杯飲んだと思えば大差ない。

20091109shakujii00
石神井公園駅上りホームから、出来上がった高架構造物の下を眺める。
昼間はネット状のカバーの中は見にくいが、夜間は中の方が明るいので、垣間見ることができる。
鉄骨を組んだ構台のようなものが見える。何をしているのか知る由もないが、地平からホームへの階段、エスカレーターなどの作業ではあるまいか。

2009年10月12日 (月)

練馬高野台 このブログに就いて

20091012neritaka00
用事があって、昼前に練馬高野台へ行ったので、新設高架構造とのジョイント部を撮影。
休日なのに作業の方が道床工事中。

Tushinbo_imgこんなものがあったので、採点してもろた。結構当たってるかも。
もっと自分の意見を言うようにします、はい。

「車掌を目指しましょうという」というご託宣には笑うしかない。こんなルックスになって、終いには名誉駅長になったり、飯能側先頭車の顔になるのか。あまり嬉しくないな。

さて、この日乗に新たなカテゴリーとして、石神井公園関連保谷関連を追加。過去に遡って設定し直した、何よりも自分のために。
新規にはこの記事から新カテゴリー別とした。

2009年9月20日 (日)

石神井公園

20090920shakujii04
高架複々線化工事中の西武池袋線石神井公園駅南側からの眺め。
先週に比べると、東端の屋根の構造物(端部を板でカバーしているところ)が1ブロック西に延長されている。
屋上屋あるいは屋下屋という単語が頭に浮かぶが、屋上に屋を架けないと乗客が風雨にさらされる。

20090920shakujii02
仮設ガーダーの機械は役目を終え、痕跡程度となっている。
練馬高野台側から架線柱が立ち並んできた。

20090920neritaka00
その練高側では、既設高架構造とのジョイント部でマクラギ、レールの敷設が始まっている。

20090920oizumishakujii00
1期工事区間西端の仮設スロープ部でも、同様にレールの設置が始まっている。
上り線が高架化する段階では、練高側も仮設スロープ側も上り1線のみのレール設置となるのであろう。

20090920shakujii06
これら一連の工事は道路事業だか街路事業だかであり、区画整理とか道路の整備も重要なテーマだ。

それに関連するのだろう、諸家のブログの小山病院の湘南電車の診療室??待合室??が取り壊し―という記事に気づき、早速見てきた。

昨年11月上旬には、この電車の病院の看板も見ることができたのだが、確かに取り壊されている。

20080705oyamahosp01
健在だった080705の画像。
これはダミーでナンバーもクハ86374という、実在しなかったものの番号が与えられているそうな。

このあたりは当時の院長小山憲三先生ご本人の書かれた「電車の家三代記」(鉄道ピクトリアル542号)という記事に詳しい。同記事によればクモハ351のカットボディも(たぶんご自宅側に)保存されているということだが、今日は気づかなかった。

小山先生はファンとしても産業医としても西武に深く関わった方で、同誌で複数の記事を目にした記憶がある。

2009年8月19日 (水)

209系引退に思う

20090819jre2082131_2082002makuhari0京浜東北線の209系が本当に少なくなってきたと感じる。
E233系で置き換えるということはアナウンスされていたが、気になるのは今後の身の振り方だ。
登場時の重量半分、価格半分、寿命半分という触れ込みから、先輩車両と違う最期が用意されていると思っていたが、どうやら房総方面に再就職という、205系までと同じ老後を迎えるようだ。
老生が0819に幕張車両センターを眺めたところ、画像のように左側C405編成4連クハ208-2131(東京側)~、右側C409編成4連クハ208-2002~+C602編成6連クハ208-2102~が留置されていた。再就職は間違いない。

20070109jre2091hamamatsucho02量産車(画像はトップナンバー・クハ209-1)のリリースが1993春~だから、15年程度は過ぎている。車両の寿命というのは勘定しにくいが、30年くらいであろうか。想像だが法定償却の13年を迎えたあたりで考え抜いて、一度は解体に振れたが、一部車体の補強と機器の更新で房総方面に転用することにした模様。
ねらいは113、115系、さらに211系の淘汰であろう。JR東は近郊形がお好きでなく、できるだけ通勤形と同じボディにしたいようだ。また少数は訓練車となっているが、これは車籍のない機械扱い。

209系は構想段階から製造方法まで過去の流れを断ち切った新系列であった。部材もリサイクル性を意識しているというので、ステンレスチップにでも散華して輪廻するのかと思わせたが、意外に平凡な第二の人生??に落ち着いた。
お役目のあるうちはそれをこなすのも有終の美の範疇であろう。

0822追記:JR千葉支社は1001からの投入を発表した。

2009年8月10日 (月)

合掌

20060921rm本日は畏友RMの命日。
最期まで暮らしていた南大泉も涙雨だ。

あれほどの友達はもうできないだろうな。

2009年7月25日 (土)

東北縦貫線 浅草花火

20090725kanda00以前お世話になった先生から浅草の事務所で花火を見ないかというありがたいお話が。自分の飲む分くらいは手配しようと神田へ。結局御徒町の吉池で用を足したのだが。
神田駅南口から南側を見る。この辺が頭上の東北新幹線の上に、いわゆる東北縦貫線ができ、二重高架になるあたり。明るいうちにむき出しの新幹線のケタ眺めることなんか滅多にない。
在来線側から新幹線の方にハシゴが掛かっているように見えますな。

20090725asakusa02花火は美しかったし、テレビで見るのと違って一拍遅れるドーンという音もリアルに聞けて結構なものでした。
画像はこんな人魂みたいなものしか撮れず、デジカメ修行が足りないことを自覚(泣)。

2009年6月23日 (火)

槇島酒店~肉の大山

20090623makishima友人が老生の還暦を肉の大山で祝ってくれるという。
ありがたやありがたや。
だが、ちょっとフライングで参加者2名を拉致して御徒町の槇島酒店(商店??)で軽飲み。
このアスパラガスがなかなかおいしい。大昔トプカでよくいただきましたな。

20090623oyama02本番は肉の大山(実は来週も別件で予約してある)。
還暦の礼物として画像のような赤基調の手拭いとお酒、扇をいただく。
太極扇のうち独立抱扇(懐中抱月)やってみるがうまくいかん。沈肩垂肘ができていないんだね。

その後、東海飯店へ流れる。還暦ネタで何回も飲み会やってる。何回やってもいい!!いただいた扇面のお言葉を拳拳服膺、大還暦(120歳)の飲み会を目指したい!!

2009年5月19日 (火)

西荻とか

20090519sarasatei01というわけで、その日が来た。生日快楽メールが来たり、隣のデスクのお嬢さんがプレゼントくれたりする。厚意謝すべし。
放課後は某出版社の方が西荻砂咲亭で祝ってくれた。厚意謝すべし。画像は山菜天ぷら。例によって焼酎ロック飲む。

20090519jre200129nakano01飲み過ぎてバスが終わっていたので、中野までJRで。
おお!!絶滅危惧種の201系が来たではないか。画像は中野到着の最後尾クハ200-129。最近では0430朝、東京駅で目撃している。JRまで祝ってくれているようだ。
勘違いは年寄りの特権ですな。

20090519jre200129nakano00ところで、このクハ200-129だが、運転室後ろのナンバー表示が画像のような発泡スチロール(?)に手書き状のものになっている。
本来のプレートが盗まれたのだろう。あるいは盗まれる前にダミーで自衛しているのか。上機嫌で回家のはずが嫌なものを見せつけられた気分。

2009年5月18日 (月)

薄暮ゲーム~

20090518tamagawaya00放課後、浜松町の玉川屋で立ち飲むのは理屈ではない。
日が長くなって19時近くまで、手ブレが気にならない程度に明るい。
理屈でないのはタマだけにしておけばいいのに、秋葉原、新橋と長征。

20090513yakitongenki00こうして頭から突っ込んだ記念すべき1年が呆気なく終わった。馬齢というものは自動的に重なるのだ。
画像はやきとん元気@秋葉原(先週撮影)。

2009年4月29日 (水)

イー・トンシン監督映画祭で真心話

20090404cinemart01シネマート六本木で<新宿インシデント>公開記念と銘打ってイー・トンシン監督映画祭を開催している。
爾冬陞は香港導演にしては寡作な方かもしれないが、ハートウォーミングな愛情ものやラブコメディから破滅へ突っ走るような暗黒ものまで、作品の幅は広い。当日乗では「早熟」を紹介したことがあった。
老生も何らかのかたちで見ているものが多いが、字幕なしDVDで見た「プロテージ/偽りの絆」(門徒)と、全く見ていない「真心話」は必見だ。
優先順位をつければ、まず「真心話」。というわけで、夫婦50割引には欠かせない老婆と見に行く。もうちょっとで一人でも割引になる。長生きはするもんだ。

主役カップル・ピーター何潤東+ファン・ウォン范文芳のスクリーンデビュー作だそうだ。まあ一言でいえば身分違いの恋。早熟は男の方が下流だったがこれは逆。女性側の問題を強調するためか、范文芳をかわいく撮っていないような気がする。いきなり映画館(「重慶森林」上映中!!)でサングラスだし。

20090427take_sentimentalswordsmanさて、大導演も若い頃は役者だった。
最近DVDで見た「多情剣客無情剣」では青年侠客阿飛(阿飛だぜ!!)を演じている。画像はDVD同梱の資料の表紙。ポスターあるいはロビーカードであろうか。下に並んでいる右から3番目が爾冬陞。

最近「グラン・トリノ」で監督としてのクリント・イーストウッドが注目されているが、日本では役者から監督になったというケースは、あまり多くないと思う。
香港だと編集者から役者になったり、サッカー選手から役者になり、中には監督やる人材も出てくる、といった例もある。香港社会が複線型の人生を受け入れる仕掛けになっているとすれば、素晴らしいことだと思う。

次は「プロテージ/偽りの絆」を字幕付きで見なくては。爾冬陞導演もちょっと出演しているし。

0501追記:NECOWEB眺めていたら、チャンネルNECO6月のアジア・スター・パラダイス放送予定に「真心話」と「早熟」があるのを発見!!要チェックですな。

2009年4月27日 (月)

京成100年 荷風130年

20090427keiseiae168keiseinippori00千葉方面で法事があったので、久々に京成を利用した。まあJRで行くのが普通だろうが、いいじゃん!!京成に乗りたかったんだから。
本年6月末が前身の京成電軌創立100周年とかで、スカイライナーもそのようなシールを貼っている。
あくまでも会社創立100周年であって、電車が走り出したのは、もっと遅い。最初の区間である押上―江戸川と高砂―柴又間が開通したのは191211(大正元年)である。

20090427keiseifunabashi01さて、久しぶりに乗った京成で印象的だったのは何といっても京成船橋が上下線とも高架になっていたことだ。
同社85年史によると199302に船橋市内連続立体交差化工事の安全祈願祭を挙行したというから、この頃から実際の工事が始まったのだろう。
上下線とも高架になったのは200611のことで、安全祈願から勘定して13年経過している。大工事だが、この段階では2階のコンコース部分が未完成であった。

20050904keiseifunabashi27この京成船橋付近の高架化だが、まず上り線が200411下旬に完成、供用開始している。画像は200509のもので、その状態。上りホームから下り側を見ている。
某生涯学習団体の合宿が千葉方面であり、船橋で乗り換え千原線の学園前まで京成で行った際に撮影した。
もちろん同学には説明できないルートだ。皆さんはJR千葉で集合し、そこからバスで行ったらしい。

19940218keiseifunabashi_ana00それ以前、地上時代はこんな状態だった。画像は199402のもので、これも上りホームから下り側を見ている。
地上時代は対向式ホームに、それぞれの改札があったと記憶する。朝ラッシュに上り改札から画像の踏切を横断してJR船橋に向かうお客が多いのに、ラッシュ時は遮断時間が長く、よく話題になった。
今回の高架化で抜本的に改善されたが、残念なのは本当の直上高架のようで、カーブの改良などが見られないことだ。
それでも対JRの乗り換えは飛躍的に便利になった。京成にとってはあまり嬉しくはないだろうが、スピードアップなど細かい努力で地道に逸走を防ぐしかあるまい。

20090425daikokuya0せっかく京成沿線で時分どきになったので、京成八幡駅直近の大黒屋へ。荷風散人が最後の外食をしたというので有名なお店だが、普通の和食屋といった態。といっても保谷あたりではこのような店もない。
今年は散人の生誕130年、没後50年だそうだ。ということは荷風30歳のときに京成電軌が創立したことになる。もっと後、1946(このとき67歳)に市川に転居してから、京成の話題が日乗によく登場するようになる。
といっても鉄分の人ではなかったようで、例えば「京成電車沿線彼岸花盛にひらく」(日乗19470927)といった内容が中心だ。

20090427daikokuya01大黒屋だが、老生は19960427東葉高速鉄道開業日に、帰路ここでカツ丼を食している。
その時はなかったと思うが、荷風セット??を新発見。散人の発注パターンだったカツ丼、上新香、菊正1合が画像のようなセットメニューになって1200円+悪税。お銚子1本はやや物足りないが、1260円で散人気分になれるのだからちょっと嬉しい。

2009年4月16日 (木)

Emio保谷

20090416hoyaemio00Emio保谷が無事オープンしたようだ。
といっても画像は10時開店の1時間以上前の状況。
店舗などは0402に記した。
夕方老婆が覗いたら大盛況だったという。めでたい限りだ。

2009年4月 6日 (月)

何だか悲しい

19931215sanshiro_ana000331某氏らとフライング気味のお花見を敢行。一時よくやったように缶ビールもって池畔を徘徊。
最終的には湯島の三四郎(画像は199312)に突入すればいいと考えていた。ところが三四郎は閉まっている!!
三四郎のお嬢さんのブログ「江戸川区議 上田令子のお姐が行く!」に三四郎が3月いっぱいで閉店―という0315付けの記事があるのを最近発見した次第。坊ちゃんもおられたはずだが、やはりアート方面に向かったか。

しょっちゅう行っていたわけではないし、特に最近甘過ぎと感じたこともあったが、なくなると寂しい。どこか背筋が伸びている昭和の酒飲みがいそうな雰囲気があった。もう一度三四郎揚げ食して栄川の冷や酒がぶ飲みしたいものだ。

最近、酒屋の立ち飲みで後輩だか部下だかに説教たれているようなおやじ(といっても老生より若そうだ)見受けるが、説教にはこの店あたりの方が似合いますぜ。…といっても手遅れだが。

20090402oyamasakaba000402は某先輩らと大井町の大山酒場に足を向けたところ、画像のような告知が。このお店について老生は新入生だが、白い割烹着のお嬢さん方がきびきびしていてよかった。

某酒屋のおやじ氏に、酒は味わうもので酔うためのものではない―と諭されたことがあった。
これに対して老生は、何も考えず、五感を麻痺させてぐずぐずと飲むのもまたよい、と思うのだ。方向性は違ったがぐずぐずと飲める店が相次いでなくなって、何だか悲しい(老人性鬱というレッテルを貼れば、それっきりだが)。
この世の中で、永遠に続くことなど何もない―と頭ではわかっているつもりだが、実際に目にするとうろたえてしまうのだ。

2009年4月 2日 (木)

Emio保谷

20090402emiohoya02昨年秋に閉鎖した保谷西武ショッピングプラザがEmio保谷として復活する。
追記のかたちで書いたが、改めて記事にし、画像も添付しておく。
繰り返しになるが、レモンドロップ、旭製菓、京樽、サンジェルマン、カルディコーヒーファーム、KYUSYUYA JUICE STANDが出店。0416オープン。

2009年2月21日 (土)

梅郷見物で201系四季彩に遭遇

Dscf0023老婆のお供で吉野梅郷にウメ見物に出かける。久しぶりに青梅線に乗りたいというのが老生の下心である。200804あたりまでは定期的に武蔵五日市に行く用事があったが、それもなくなり拝島方面とは縁遠くなっているのが、やや寂しい。
というわけで青梅線の日向和田へ。
画像は青梅市梅の公園。本日(0221)から有料公開である。ちょっと早かったかもしれないが、120種、1500本というウメはさすがに見事。

2009021menouchi04ダンプに注意しつつ吉野街道を歩いて「梅の内」で昼食。
これで「めのうち」と読ませる。街道からちょっと外れた古民家風のナイスな蕎麦屋だ。
老生は本鴨せいろ、老婆は天もりを頼んでシェアする。天ぷらにウメが入っていたのに感動。我らが案内されたのは、いろり端だったので鴨せいろの後方に炭火が見えている。

この後、吉川英治記念館を見物。おお、銀河??模様の箱入り「新・水滸伝」は少年時代に読んだことがあるぞ。どこへ行ってしまったのだろう??また読みたくなってきた。

2009021jre201134futamatao01吉川英治記念館で時間をくってしまい、二俣尾14:17の上りをタッチの差で逃してしまう。本日は次の上りが来るまで30分、何もすることがない。
だが悪いことばかりではなく、49分発の上りは201系改造展望車四季彩編成であった。201系がほとんど全滅状態の中、ラッキーというべきだ。201系が消えていくということは補修部品もなくなるということで、四季彩もこのままでは済まないだろう。

といっても外観は手直ししているので、VVVF更新であろうか。それともE233(E235??)系で展望電車を新製するのか(なさそう)。大量に発生している209系をタネ車にするのだろうか。川向きシート(奥多摩側1両のみ)は伊豆急みたいで楽しいが、仙石線で実績のある2WAYシートを採用するのではないか。…などと興味は尽きない。

20031109jre201134shikisaihinatawada以前の外観の四季彩。画像は200311の日向和田。車両は本日と同じ東京向きのクハ201-134である。

2009年1月 2日 (金)

初詣は本川越

毎年どこに初詣に行くかは大いに悩むところだ。

20090102kawagoe00武蔵の国一宮である大宮氷川神社が順当なところだろうが、ちと遠い。学問の神様湯島天神もありがたそうだが、精進落とし??を企画したくなるロケーションが難点だ。
昨年は多摩モノレールに乗りたいという不純な動機から高幡不動に出かけた。西武では東久留米七福神というのを打ち出しているが、もうちょっと足を伸ばして川越喜多院(画像)に行くことにした。

20090102minamiotsuka01普段利用することの少ない西武新宿線だ。ちょうど来たワイドビュー20000系の運転席後ろにかぶりつく。
画像は南大塚から分岐する安比奈支線、砂利鉄道の名残だ。廃止して土地を売却することもなく、今日までもちきたしている。老生は、へらへらしているレールの先をこの目で見たことはないが、入間川沿いに砂利設備の広大な土地が眠っているそうな。

上石神井以東を地下急行線の新設で複々線化する計画があったとき、上石神井の車庫機能が大幅に減るので、その肩代わりとして安比奈に車両基地を建設するつもりだったのだろう。ところが前倒しで運賃値上げまでした、この計画は白紙になってしまった。
それでも、いつの日か何らかのかたちで上石神井の機能を移転することがあるかもしれない。そのために放置してあるのだろう。

堤時代の西武は、すぐに使わない、あるいは直接の用途がなくなった資産を持ち続けるようなことをよくやった。他社と時間の流れが違っていたような印象を受けるのだ。もう一つの例として飯能スルー線を挙げておこう。
飯能のスイッチバックは貨物列車というか動力集中牽引運転にとって、面倒なものであった。そこで東飯能から方向転換しないで八高線と交差する手前あたりまで新線を建設しようというものだ。用地は手配済みだと思う。

ところが秩父線からの石灰輸送がなくなり、199603で貨物営業は全廃となった。当面用途がなくなった用地だが放置している。何かで都市機能の中心が東飯能に移転する場合に備えているのだろうか。普通に考えれば、西武新宿や本川越もそうだが、周囲を睥睨するような駅ビルを建て、プリンスホテルまで併設したら飯能ターミナルの移動はしにくいだろう。

まあ老生が心配することではない。本日は一家の今年の繁栄を願うばかりである。

20090102seibu2032honkawagoe00お参りも済ませ、どういうわけかナシゴレンの昼食もとった帰りに本川越で待っていたのは国分寺行き。旧2000系更新車で車番がプレートのもの。
本川越までロングランする必要はないが、国分寺線は総て所沢以遠まで直通してほしいところだ。池袋線と中央線を結ぶ需要は結構あると思う。今はバスしかないが新宿線の開かずの踏切のおかげで使えない。

小平からは拝島線直通分が減るので、国分寺線の全列車くらいは東村山以西に流せると思う。これをやらないと新秋津─秋津のジャンクションが改善されたとき武蔵野線にお客が流出しますぜ。…と考えるのか、通勤定期割引で、ラッシュアワーだけの大して儲からないお客は武蔵野線が負担してくれれば、国分寺線は生かさず殺さず状態で、あまり投資しなくて済むと考えるのか。
一方、JRも通勤時間帯に混雑が目立つ武蔵野線に、これ以上お客を送り込んでほしくないのがホンネかも。そうだとすれば新秋津─秋津ジャンクションの改善は誰が旗を振るのか。
いずれにしても、庶民にとって環状方向の移動は難儀ですわ。

2009年1月 1日 (木)

謹賀新年

197105seibu476hoya_ana03p新年明けましておめでとうございます。2007年7月からスタートした当ブログも、よろよろと続いておるです。

本年も呑んだり看たり、鐵も続けたいと思っています。

2008年中盤からは地元保谷駅(画像は197105。クモハ476が下り線に停車中)の改造に、具体的な動きが出、この変化を追っかけるのが、正直おもしろくなってしまった。

日頃目にする範囲では、何といっても石神井公園までの高架複々線化が西武の大きなイベントですが、保谷の2面3線化も、旧車両管理所の留置線の変化も含めると、今後の池袋線の運用に大きく関わると思う。
それと石神井公園は、最終形が2面4線プラス引き上げ線の、京王笹塚駅のようになるであろうことは想像がつく。保谷の方は??な点が多い。
そんなこんなで、保谷の変化も石神井同様追っかけるつもり。

宿痾の立ち飲みもやめられず、(香港)映画も見続けたいと考えております。

2008年9月20日 (土)

保谷に変化

20080920hoya00保谷駅につながっているカルディに老婆と買い物に行く。本日(0920)が営業最終日とかで売り尽くしセールをやっている。
カルディなどが入っている保谷西武ショッピングプラザが改装だか改築になるというのが店員のおねえさんの説明。改装が終わったら、お店は再開の予定だという。
辛ラーメンもコーヒーもおいしかったので早期再開希望。

20080920hoya01先日剥がされた下り本線の南側の側線跡を駅南側から眺める。
側線跡とカルディが直線上にあるように見える。側線の廃止も保谷西武ショッピングプラザの改装も2面3線化への流れなのか。

どうでもいいが、このビルの下の植え込みの前が「失踪日記」(吾妻ひでお)で主人公が「ででっぽー」と言ってへたり込んでいた場所(イースト・プレス版p161の最後のコマ)。改装工事で名作の面影が失われるとしたら残念なことである。

(20080923追記)
20080923hoya00その後、このような「お知らせ」が。発信者が不明なのが、まず気に入らない。
「今後については解りかねます」というのはいかがなものか。でかける人が、このお知らせを見てほほえむかね。

2008年9月13日 (土)

江古田富士~野島~105系訓練車

20080913ekoda03江古田富士登山に初詣NG組のざー氏、月姐とアタック。画像は4合目あたり。
老生は7月に行き、今回は2度目なので山岳ガイドに徹する。
今回も木の葉が邪魔して眺望がひらけなかったのが残念。境内に屋台も出ていて軽く縁日風。一休みして次の目的地へ。

20080913nojima02次の目的地は15時オープンという秋津の野島だ。それに合わせて登山のスケジュールもつくった。
無事、奥の方に入れ、画像のようなもつ焼きを堪能する。この持ち重りのするレバーが1串90円ですぜ。
西武の秋津とJR東の新秋津を結ぶ道沿いにあり、何回か入ろうとしたが、果たせなかった宿題店。嬉しい嬉しい。昼間の酒は廻るけど、今日は食主飲従なので、まあセーフ。

20080913jre105101shinakitsu01ここまで来たので新秋津駅の先へ。
ここにはJR東日本八王子総合訓練センターがあり、103系改造の105系が訓練車として残っているのだ。
京浜東北線へのE233系投入が進めば、この訓練車も京浜東北線を追われた旧型209系で置き換えられるであろう。というか来月(200810)にも実施という噂だ。
JRの、しかも103系に深い思い入れはないが、ちょっと見ておきたかったのだ。

(20080914追記)
20080913ekoda00今頃気づいた江古田駅の掲示。
江古田駅と周辺の整備が発表になって久しいが(リンク先はpdf)、来月から駅舎改築にとりかかるようですな。江古田駅整備株式会社によるやり方は東長崎と同様。
必要な資材は東長崎駅山側の側線から貨車に積み込み、西側の上下線間の渡り線を使って江古田に運ぶのでは、というのが老生の想像。江古田駅周辺の道路が狭いからね(20080916追記:下り線で江古田に着いても上りに転線できなそう。線路封鎖するなら渡り線を使わず上り線だけで往復できる。渡り線はより長距離用か)。
恐らく10両編成対応となり、東西自由通路ができ、バリアフリー化も進む。ただし抜本的な立体化には手をつけないので厚化粧のような観も(失礼)。

2008年8月23日 (土)

秩父掃苔行

20080823c58363ohanabatake02秩父聖地公園やすらぎの丘に年少の友人BUちゃんが眠っている。お盆は過ぎたが友人数名とお墓参り。
待ち合わせの時間より早く西武秩父に到着したのは、隣接の秩父鉄道でパレオエクスプレスと称する蒸気列車を運行しているのを見たいからだ。
大昔、たまに蒸気列車に乗るときは煙いし、煤みたいなのが目に入ったりして嫌だったが、こうして眺めると結構な機械ですな。
そんなことを鉄分の濃い人でもあったBUちゃんと話したいよ。合掌。

2008年8月12日 (火)

世田谷文学館→山女魚

20080812setagayabungakukan01ちょっと時間ができたので世田谷文学館へ。
「没後5年宮脇俊三と鉄道紀行展」を見学。趣味の世界の大先達だが、会社員としても優れた方だったようですな。あやかりたいが手遅れか。

20080812yamame01一駅京王電車に乗って千歳烏山へ。Y博士お薦めの山女魚だ。ざー氏、森姐と合流。
駅から徒歩数分だが、地元の人でないと道がわからないだろうな。
どういうシステムなのか、食べるものが次々に出てきて嬉しい。博士の予約がナイスなのか。ビールから芋焼酎へ。

20080812yamame04どうやら魚介が中心のお店のようだ。画像のカツオの他、カキなどいただく。シラスおろしがうんまい。

2008年8月10日 (日)

合掌

20060921rm本日は畏友RMの命日。


2年経つのか…いろいろ思う。

合掌。

2008年7月 1日 (火)

江古田周辺

20080701ekoda00r副本線を新設した東長崎に優等待避機能を譲った江古田の副本線にはサビが浮き始めている。画像は上りホームの西側(所沢寄り)。
江古田では待避側がぎりぎり8両編成までであったことを考えると、西武はやはり各停10両化を視野に入れているのであろうか。副本線廃止すれば、踏切まで10両長ぐらいありそうだ。

西武は駅・まち一体改善事業として国、練馬区と共同で江古田の改良に取り組んでいる。具体的には副本線を廃し、ホームを拡張。バリアフリー化を含め、南北自由通路、駅周辺道路の整備などの事業を進める。完成予定は2011年度という。

全くの想像だが、駅改良のための資材、重機類は東長崎駅北側の側線から江古田まで運ぶのではあるまいか。

20080701ekodafuji00rそんな江古田駅北口目の前の浅間神社に富士塚があり、山開きは7月1日。実は正月にも酔っぱらい数名で富士登山にチャレンジしようとしたのだが、我らが到着したのが遅く、その時点で登山口は封鎖されていたのだ。

20080701ekodafuji01rなかなか急峻な登山道である。最近、老生の周囲に転んでケガする、あるいは上着破れたという人がいるが、暗い中こんな道を登ったら、大惨事が起こっただろう。正月は登れなくてよかったのだ。我らは今年も大いなるものに護られているに違いない。

20080701ekodafuji04r頂上だ。緑が深くて眺望はひらけぬ。
「江古田浅間神社」という案内によれば、この富士山は天保10(1839)年あるいは文化(1804~1818)年間に築造され、高さ8m、直径約30m。これは都内の富士塚の中では大規模なものという。国指定の重要有形民俗文化財でもある。

2007年7月2日(月)から綴り始めた当ブログも、ようよう1年経過した。内容はともかく継続第一である。

2008年3月26日 (水)

六義園

20080326rikugi01r朝からその気になっていたY博士と六義園のしだれ桜を見に行く。同行はO嬢と森姐。二人とも表情が介護士になってる。いただき物の赤ワイン2本消化。
ライトアップした桜。すばらしい!!最近仕込んだフジの似非一眼レフS9100も夜景モード全開。

その後、大塚で焼酎飲んだくれたが詳細は不明だ。

2008年3月22日 (土)

荷風

永井荷風を取り上げて老人の一人暮らしを考えるのは「永井荷風ひとり暮し」(松本哉、三省堂1994年)あたりからだと思うが、そのものズバリの「永井荷風のシングル・シンプルライフ」という企画展を世田谷文学館でやっているので見に行く。
20080322setagayabungakukani01新しい発見はないのだろうが、実物で見せられると迫力がありますなぁ。ここだけ写真撮ってもいいらしいので、体験コーナーの画像を添付。
ハイカラな珈琲、紅茶などがさりげなく置いてある。全集が別のところにあるので直ちに確認できないが、日乗には西洋独活(アスパラ)もよく出てきたと思う。
あったりま!!だが、気儘な生活もお金の裏づけがないとムリと痛感。

ご近所のY博士と芦花公園駅近の忠やでモツ焼き喰って泥酔。20、21日連続して飲まなかった反動か。這って帰った博士と別れて、気づけば所沢。休日に乗り過ごすとは!!

2008年1月 1日 (火)

謹賀新年

新年明けましておめでとうございます。2007年7月から、よろよろとスタートしたブログも半年もったわけだ。

本年も呑んだり看たり、鐵も続けたいと思っております。今年は以下のようなものが新規に開業しそうなので、冥土の土産にゼヒ見に行きたいと願っておるです。

20071218nippori01rまず日暮里・舎人ライナーですな。3月30日開業と東京都交通局のホームページに書いてあった。画像は12月中旬の日暮里駅。仕上げ段階で試運転も始まっているらしい。

日暮里から西日暮里を経由、熊野前で都電と連絡、尾久橋通を見沼代親水公園まで北上する。ゆりかもめを5両編成に圧縮したような列車を無人運転。ゴムタイヤを使った、いわゆる新交通システムとしては最後の新規開業になるのではないか。

この沿線、今まで足を踏み入れたことのない地域だが、こじゃれたりしない飲み屋がありそうな雰囲気をたたえている。

横浜市交通局のグリーンライン日吉―中山間も同時期に開業のはず。横浜市交のHPには3月末と書いてある。こちらはリニアモータ駆動の小断面地下鉄だ。
鶴見―日吉―港北ニュータウン―中山―二俣川―東戸塚―上大岡―根岸―元町という横浜環状線構想の生き残り。市電時代は市内の足だったが、地下鉄になってニュータウンへの足になってしまいましたな。

3月末はSUICA・TOICA・ICOCA共通化記念カードも発売になるので忙しくなるぞ。

20001103eidan13gousen_ana006月になると東京メトロ副都心線が開業、明治通下を池袋から渋谷まで結ぶ。画像は2000年11月、渋谷に掲出してあった看板で、営団が13号線として着工していた。看板に偽りとまではいわないが新宿ではなく、新宿三丁目を通る。

現在、小竹向原―新線池袋間を有楽町新線として走っている路線の延長でもある。運輸政策審議会答申18号では和光市―小竹向原―池袋―渋谷が東京13号線、石神井公園―練馬―小竹向原―池袋―有楽町―豊洲側が東京8号線となっている。

これまで8号有楽町線とのみ直通してきた西武池袋線、東武東上線は、副都心線とも直通するようになるわけで運用も複雑になるだろう。数年後には渋谷側から東急東横線も直通してくる。副都心線部分は百花繚乱というか、百鬼夜行というか…まあ都営浅草線ほどではなかろう。また新線池袋は池袋と改称するらしい。丸ノ内線との連絡がよくなれば嬉しいな。

以上は東京圏の話題で、新規開業は他にもある。

直近の話題で、京都市営東西線は1月16日に二条から太秦天神川まで延長になる。注目すべきは現在、市役所前まで乗り入れている京阪京津線車両が、一気に終点の太秦天神川まで乗り入れること。
この区間のあり方がこれでいいのか!とか、こうなった経緯とか書くと長くなるので、またの機会に。

関西では、城東貨物線を改装したおおさか東線久宝寺―放出間が3月中旬に、京阪中之島新線が秋に開業と伝えられている。

健康第一。デジカメのバッテリーとメモリ確認して、今年も歩き回りたい。

2007年8月21日 (火)

運命の人と初恋屋

20051215hatsukoi00rフラガールさんと田端の初恋屋へ(画像は2005年暮れ。冬の方が似合うような気がします)。
試しにフラガールさんの心相数を計算してみると...私の心相数との合計が999!
ここでは、これ以上説明しないがフラガールさん、私の運命の人であったのか。お願いだから嫌がらないでね。
ホントに心相数の合計が999の人に初めて出会いました。というより、初めて気づきました。奇跡的な確率でしょうな。残り少ない人生だが、こういう人を大切にしないといかんじゃろう。

20070821hatsukoiya01r_2この人といれば安心というわけで、名物のカマ焼き食す。論理ではない。
めでたいので冷酒ガンガン飲む。刺身系も上塩梅。勢いで焼きそばもいただいて解散。
思いがけず大興奮の一夜となった。

2007年8月10日 (金)

合掌

20060921rm本日は畏友RMの命日。


一周忌にあたり改めていろいろ思う。

合掌。

2007年8月 4日 (土)

デジカメ

Digicamデジカメがないと当えにっきもはじまらない。
というわけで基本装備のご紹介。
デジカメは何台も買った。といっても一眼には手を出していない。まだその時期ではないと思ってる。
現在使っているのは主にこの3台。

①NIKONクールピクス5000
一番古く、12万円くらいした記憶がある。今なら買わない。買えない。

ヒキのないホーム上などで電車撮るには、何といっても広角28ミリ相当がありがたい。
上品な色調も好きです。よく知らないが補色系フィルターというものがいいらしい。
動作は遅いです。暗いところも弱い。鉄道向きではないかも。
フラッシュのセンサーがとんでもないところに付いていて、手で覆っちゃうことがあろうぜ。

まあホームランか三振かといったじゃじゃ馬だね。当たれば素晴らしい画像が吐き出される。
開封していない純正バッテリーEN-EL1を3個手に入れてある。単三6本で動かすためのアダプターMB-E5000も買ってある。
メモリーが安売り屋にあまりないコンパクトフラッシュなんだね。現在主流のSDカードをコンパクトフラッシュに変換するアダプターも確保してある。というわけで、これからも使い続けると思う。後継機が姿を消したことも、使い続けようという思いを強めている。

②CANONパワーショットS3IS
12倍ズームがウリの望遠カメラですな。
同様の性格を与えられたオリンパスのC-700を以前使っていた。私が使ったことのある個体についてのみいうが、パープルフリンジが気になった。
クールピクス5000でこの現象は皆無とはいわないが、軽微だった。まあ、ずいぶん値段の違うものを比較するのは乱暴だろうけど。

それらを含めて、S3ISは欠点の少ない機械だと思う。望遠に強い万能カメラといっていい。お守りとして手ぶれ防止も付いている。
クールピクス5000の方が好きだが、1台だけもって出かける場面があったら、こっちを選ぶ。
メモリーがSDで電源が単三というのも出先で安心だ。

③CANONパワーショットA300
中古を手に入れた。①②は常時携帯するには大きすぎるので。

スイッチ兼用の前面バリアのせいか、フィルム時代に使っていたオリンパスのμ-2が甦ったかのような使い勝手。
μ-2の35ミリに対して、33ミリ相当というのも似ている。

いずれにしても発展途上の商品で、逆にいえば何が出てくるかわからない楽しさがある。
フィルムをデジタルに置き換えただけの商品企画だが、デジタル固有の事情が反映される。望遠系が考えやすいのは撮像媒体の面積が小さいから。S3ISのように400ミリ相当を超えるズームレンズが可能になる。これを35ミリフィルムで実現しようと思ったら大変である。

20061130nikonf4rrところで、これが老生たぶん最後のフィルムカメラNIKONF4。
亡父の形見でもある。
いつまでも発展途上商品が生まれ続けるデジタル時代になったら、形見のカメラなんてものはありえないんだろうね。使えるメモリーや電池がなくなれば、いいとこ静態保存。それなら形見の文鎮と変わらない。

2007年7月11日 (水)

窗外

20070711umitakamaru00rええと比喩的な意味でないわけでもなく、職場では窓際に座っています。
窗外は東京湾というか隅田川なのか知らないが、ときどき珍しい船が見えると嬉しかったりします。
これは海洋大(旧水産大)の練習船海鷹丸ですな。

若い人が水産関係の仕事に就いてくれるので、我らは機嫌よくサツマ揚げなんか食って焼酎飲めるのだね。

ブリジット林青霞の窗外については別の機会に。