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横浜駅西口をちょっと行った運河沿いに屋台が並んでいる。奥から2、3軒目に黒龍というおでん屋があった(画像は200408)。今でもあるかもしれないが。
おでんは四角い鍋で煮えているが、脇に真っ赤な丸鍋があり辛い朝鮮風の煮物(名前知らない)ができている。一時はよく通った。
2、3年前に鍋を主宰していたおばちゃんがいなくなり、店の雰囲気も変わった、と潜入捜査官ジャンボから報告があり、行かなくなった。
ところが京急で一駅先の戸部でおばちゃんが復活したという情報が某筋からもたらされた。画像のサランというお店がそれだ。何か事情があったのだろうが取材はしていない。
戸部からちょっと歩いた紅梅通りという道に面している。こんなところで飲食店が成立するのか、と思ったが近所にイタリアがあったり、カレー屋ができたりしたところをみると、それなりのロケーションなのかもしれぬ。
今度は看板にも韓国家庭料理と併記してあり、半島色を強めたような気がする。
辛い煮物、チャプチェ、チジミなどいただき、マッコリ飲んでいたが、結局焼酎にたどりついた。
横浜から京急で一駅というのが、遠いのか近いのか、微妙ですな。
2面3線化工事に取り組んでいる西武池袋線保谷付近、0729午前の様子。
画像は新設ホーム西端。新しい上り本線の道床工事の準備が進んでいるようだ。断続的に夜中に工事の音が聞こえることがある。
右手前の車止め側は留置1番線につながる側線の名残。これを新設ホームに沿って伸ばし、ホーム東端で現上り線とつなげるであろう。
こちらは留置1番線の西端。上の画像の車止めの反対側ですな。
盛んに架線柱を建て替えている。
右側の留置3番線(洗浄線だった)に止まっているのは、飯能側38103編成に同32101編成をつなげた10連。これら上り本線沿いの1~3番留置線は10連停泊可能。そのうち1本を今回つぶすことになろう。
ただ現上り本線は2本目の引き上げ線に転用するだろうから容量的には変わらないだろう。対副都心線の列車について、保谷発着が多ければ引き上げ線の方がオペレーションは楽かもしれない。
西武池袋線保谷駅西側の留置線群、0722昼頃の様子。
架線柱の建て替えが進んでおり、保谷3号踏切から4番目のものに取りかかっている。
どうやらここでは、石神井公園の現場で立ち並んでいるような赤い仮設柱を使うようだ。
右端、留置3番線山側の乗降台の撤去も進んでいる。
これらは上り本線を留置1番線に振り返る作業の一環とみられるが、呼応して新設ホーム側にも動きが出てきた。
ここ半年ほど前から工事用車両の通路のようであった新上り本線の覆工板が剥がされ、道床工事が始まるような気配だ。新設ホームは床の化粧くらいで使えそうなになっている。
予想するに、新設ホーム、新上り線の供用開始、この段階で中線(現上り線)使用停止。現行ホーム山側整形および西側に延伸、若干位置を変えた中線と上下線の接続―といった流れで進むのであろう。
もしかしたら下り線も、やや位置を変えるのかも。いずれにせよ現行ホームはスリム化するであろう。
高架複々線化工事の進む西武池袋線石神井公園駅付近。
本日(0719)は駅から東側を眺めた。まずP1橋脚の東側。山側に黄色のタワーができている。
よくわからんが、これを使って何かの部材を東側の構造物の上に引き揚げ。それから水色の仮支えを利用して富士見台11号踏切をまたぐ横ケタを構成する―という段取りではないだろうか。
ここの補助132号道路は直進してボート池方面へとつながる。完成後は新宿線、中央線方面へのバスもこれを使い、商店街の雑踏の中を無理無理バスが行く風景も消えるはず。というかバス路線も大幅に再編するんだろうな。
さらに東側の富士見台10号踏切。
黄橙色の仮支えを使って橋ケタを設置中。かなり進捗しているようだ。
この踏切道は歩行者専用だが、立体化の暁には拡幅され、クルマも通れる道路になるような気配ですな。
さらにさらに東側の富士見台9号踏切を海側から見る。
ケタを架ける様子がないが、近くに「車高制限のお知らせ」があり、0723より4メートルの制限が始まる。架橋工事が本格化するのであろう。
この辺から練馬高野台方面には北側環境側道らしきものができている。
0720追記:0719宵の口フラガールさんとビール飲みに出かけた。正確にいうと老生だけビール飲んだのだが…。
その際、上に無理無理バスが行くと記した道路の向こうに虹が出ていた。
瑞兆である。
フラガールさんの計画もうまくいくに違いない。
どうでもいいが、高架化工事3点は富士フイルムFinePixS9100で撮影。下の虹はニコンCOOLPIX5000。
COOLPIX5000の色味は独特だと、改めて思う。補色フィルタとやらのご加護であろうか、手放せない。
一眼レフには、まだ手を出さない。出せない。
西武池袋線保谷駅西側の留置線、0718の様子。
右下の砂利が新しい道床が留置1番線。これを左にカーブさせて上り本線とつなぎ、現上り本線は2本目の引き上げ線とする―というのが老生の予想。
そうなると上り本線と留置1番線の間の架線柱が上り本線を支障するというのは0708に記した。
本日見ると留置1番線と2番線の間に、新しい架線柱が3本立っている。そこからの横ケタが留置1番線、上り本線、引き上げ線、下り本線をまたぐ構えだ。
邪魔になる架線柱はなくなり、現留置1番線を上り本線として新ホームへつなげる準備が着々と進んでいるようですな。
右側の留置3番線(洗浄線であった)にいるのは飯能側クハ2083編成8連。
0713段階では保谷3号踏切の西側に新旧2つの架線柱が並んでいたが、東側の古い方の横ケタは撤去され、柱が2本残っているだけになった。
これらが姿を消すのも時間の問題であろう。
北区立飛鳥山公園の斜行モノレールの運行が始まった。といってもJR京浜東北線王子駅のホームから見ただけ。
よくない人々と平澤かまぼこあたりに行こうかと思ったが、諸般の事情でとりやめ。別途乗りに行かねば。
鉄道ではなく、遊戯物でもない区役所のエレベーターみたいな扱いのようだ。今後、運営主体の北区では愛称も募集するらしい。
0713朝の西武池袋線保谷駅西側。0708の画像の海側に相当する。4本ばかり新しい架線柱が立っている。
上り本線を付け替える場合、留置線群との間の架線柱が支障するので、全体を建て直すだろうというのが老生の想像だったが、既に海側では新しい柱が立っていることに今頃気づいたのだ。
手前の引き上げ線にいるのは飯能側20151編成。
一部の架線柱は留置3番線の洗車用小ホームから生えている。
0708段階ではよくわからなかったが、この小ホームは撤去するようだ。
左側に「昇降台撤去につき立入り禁止」という告知がぶら下がっている。昇降台というのが小ホームのお名前だったのね。
留置線の西端は保谷3号踏切に接している。
ここで西側を眺めると画像のような光景が…。既存の架線柱の西側に新しいものが建っているではないか。ここにも今頃気づいたと書いておこう。
こんな間隔で2つも要らないだろうから、上り本線移設に対応した新しいものを建て、古い方は撤去するのだろうね。
保谷といえば(保谷だけではなかろうが)、駅にこんなポスターが。NHKの連続テレビ小説「つばさ」のタイトルバックに流れる安比奈線を見に行こうという企画。
今年の正月、川越に初詣に行った際に安比奈線の付け根を遙拝したことがあるが、ちゃんと見に行ったことがない。
南大塚からのんびり歩いて40分だという。行きたいがめんどくさくもある。見物後どこかで飲むというコースを考えたいところですな。
0705段階ではP1橋脚の東側で様子を窺っていた??ような水色の仮支えが富士見台11号踏切をまたいでP2橋脚に達している。
壮観ですな。
これを手がかりに本設ケタを設置していくのであろう。
P1より東側(練馬高野台側)でも橋ケタの設置が進んでいるようだが、何だかんだで見に行く機会、あるいは根性がない。
P2側を眺める。
仮支えがP2橋脚を大きくオーバーして西側に延びている。
P2橋脚から西側は仮設ケタの構造が変化しているようなので、P2─P3間ではP1─P2間とは違う芸を披露してくれるのかもしれない。
そのP3橋脚付近を、反対の山側から眺める。
水色の仮支えはP3橋脚の直上まできているようだ。
P3から駅部までは、結局7本ほどのコンクリートケタでつながったようだ。これからそれらを一体化して、構造物の床にするのだろうか。
どうでもいいが石神井公園から乗った電車がライオンズクラシック号。運転室後方に画像のようなポスターが掛かっていた。
両リーグ・ホームラン王を狙っていたのかね??気がついたらなっていた、という方が似合っているように思えるが。
実態は知る由もないが、目標を定めて努力してるように見せない生き方もいいじゃん。
いつもどこかで工事している東急だが、ついに0711から大井町線が溝の口まで延伸となった。
早速見物に行った。
画像は溝の口2番線に到着した溝の口延伸記念ヘッド・マーク青各停列車。大井町線固有の軽量ステンレス車で溝の口側8090の比較的新しい編成ですな。
画像は前日までの試運転風景。
二子玉川までの急行列車が、そのまま試運転表示に変わり、内側の快速線を溝の口まで、外側の田園都市線列車と併走していた。
二子玉川、溝の口は2面4線で、両線が発着できるが、途中の二子新地、高津は外側の田園都市線側に対向式ホームがあるのみで、大井町線列車は通過する。小田急、京阪と同様通過線が内側の方向別複々線になっているのだ。
それだけではない。上りについていえば、溝の口―高津間で内側から外側に転線できる。また二子玉川西方で外側から内側に転線できる。ダメ押し的に二子玉川東方でも外側田園都市線から大井町線に合流する連絡線ができている。
これらを利用して一部大井町線列車が二子新地、高津に停車する。転線を繰り返すので結構揺れるけど。それを列車種別表示を青とし、停まらないのを緑として区別するのだという。運転室にG各あるいはB各という表示が見える。緑(グリーン)の各停と青(ブルー)のそれを示しているのであろう。
列車種は両方とも「各停」である。素直に考えれば2駅通過の緑の各停は準急とでもするのがリーズナブルだろうが、デフォルトが準急というのも、何だかヘンではある。そこにこだわったのかもしれない。
後述するが大井町線列車が二子玉川の1、4番線を交互に発着していた時期に方向幕の地色で区別していたことがあった。こういうやり方がお好きなのであろう、東急は。
老生は、この大井町線の延伸による田園都市線の混雑救済については懐疑的だ。ヨソ者の僻目であることは重々承知で、冒険ととらえた記事を掲出したこともあった。
東急は自社サイトで長津田―品川間を例にして、田園都市線(長津田―渋谷間準急、山手線各停)で約52分、大井町線(長津田―溝の口間準急、溝の口―大井町間急行、京浜東北線各停)約43分と訴求しているが、この数字は乗り換え時間を含まない。
また京浜東北線でも行ける品川を取り上げたのがミソで、都市は西進するというテーゼに従えば需要が増える渋谷、新宿、池袋で比較すれば、京浜東北線で行けないので結果は全く異なるであろう。
いい機会なので経緯を振り返る。
HOTほっとTOKYU200904号によれば199310に二子玉川駅改良工事に着手―とあるので、ここから勘定して16年の大工事だ。まず外側の大井町線と内側の新玉川線(現在の田園都市線二子玉川以東)の内外を入れ替えるところから、大井町線の延伸というか田園都市線の複々線化に着手した。
画像は当時(199403)の二子玉川(200008まで二子玉川園と名乗っていた)。2面4線で、海側の1番と山側の4番を大井町線が、内側の2、3番を新玉川線が使っていた。
画像の列車は1番線に到着して、そのまま上り大井町行きとなり、かなり進んでから交差渡りで本来の上りに転線する。おお、よく見れば今日(20090711)溝の口延伸記念ヘッド・マーク列車に起用された8090編成ではないか!!
乗客からすれば1、4番のどちらで大井町行きを待てばいいのかわからない状態。また大井町側から田園都市方面に行くのに、運がよければ同一ホームの1番→2番で乗り換えられるが、そうでないと4番→2番へと反対側ホームに移動する必要があった。
こちらは4番線からの大井町行き。
画像は199602段階のもので、列車の足許では新玉川線の上り側になる部分の基礎工事が始まっているようだ。富士観会館も懐かしいですな。今では高層マンションになったらしい。
この頃は1番線到着の大井町線列車は方向幕の地色が緑、4番線のものは黒であった。大井町線側から二子玉川以遠に行きたければ、緑幕の列車を待てば階段の上下をしなくてすむというわけだ。
現在、メトロ浅草で都営に連絡したい向きが、一列車見送る風景を田原町で目にするが、それと同様である(対向式ホームの浅草では2番ホームが都営と直結している)。
いくら帯色を変えたって不便なものは不便で、内外入れ替えを急いだ。
まず、新玉川線の下りが1番線に固定された。記録によると199812からだ。
画像は199903で、大井町線は2番あるいは4番で交互発着していた。
3番線は新玉線の上りで三軒茶屋、渋谷、水天宮前行きの表示がある。半蔵門線が水天宮前まで開通していた段階だ。
そして、内外の入れ替えが完了、大井町線が内側に固定されたのは199909である。多摩川上に2本の引き上げ線ができた。
その引き上げ線を延長するかたちで今回複々線化が完成したわけだ。さて、延伸後の大井町線は利用されるだろうか??
0620付日経朝刊に「東急目黒線日吉延伸1年 “痛勤”改善道遠く」という記事が出ていた。
目黒線が200806に武蔵小杉から日吉まで延長してから1年、複々線関係にある東横線が却って混雑を増しているというのだ。相似的な状態というか、都心側に直結していないだけ苦しい大井町線延伸にとって不吉な展開ではないか。
記事は①横浜市営地下鉄グリーンラインの開通で日吉口の利用が増えたこと②基本的に横浜市北部が新興住宅地として人気が高いこと―を要因として挙げている。
世の中、予想を裏切る動きもあるということだ。延伸後の大井町線、田園都市線の状況に注目しよう。
JR浜松町駅海側のいわゆる大汐線末端部分については何回か取り上げた。
最近では0626に駐車場になりそうだと記した。
本日(0710)前を通ったら、本当に駐車場の営業を開始した模様。
これで通勤別線の目がなくなったとも思わないが、ちょっとがっかり。
2面3線化工事中の西武池袋線保谷駅付近。駅部のホーム工事は一段落といった観があり、西側に展開する留置線群の動きが気になる。
画像は0708午前のもの。赤い線で示したように、上り本線が留置1番線につながり、さらに伸びて新設ホームから利用するようになるだろうというのが老生の想像。
現在の上り本線は赤い×で示したあたりで途切れて、2番目の引き上げ線になるであろう。
ところが、そうなると赤い矢印で示した架線柱が上り本線を支障する(上の画像と反対に西側から見ている)。
どうするのかと思っていたら、何やら工事が始まった模様。矢印の先には作業中という黄色い掲示がある。
山側の支柱は留置3番線の洗車用小ホームから生えているが、ここをいじっているように見える。
ここで洗車することは絶えて久しく、乗務員通路としても使っていないようなので、分断しても問題はなさそうだ。
線群全体をまたぐような大型の梁に掛け替えるのではないか。
0905公開予定の孫文を試写会で見た。原題は夜・明、導演はデレク趙崇基。ここで紹介した中では兄弟(兄弟之生死同盟)を撮った人ですな。
描くのは1910の数ヶ月。ペナンで華僑の間を回り、舌先三寸で革命の支援を訴える日々だ。失敗を重ねた末、1911辛亥革命(武昌暴動)で清朝を倒すわけだが、その前夜といったところ。清朝というより伝統的な王朝政治を倒したというレッテルを貼るべきなんだろうな。反清復明というわけではない。
孫文に扮するのはウインストン趙文瑄。宋家皇朝(宋家の三姉妹)でも孫文演じてた。すっかり孫文芸人ですな。徐錦江の鰲拜みたいなものか。違うような気もするけど。
清朝の送ってくる殺手がちと情けない。タガが緩んだ王朝末期なんてこんなものなのかもしれないが。
富豪のお嬢さんアンジェリカ李心潔は愛人/ラマンのジェーン・マーチだか赤毛のアンみたいな造型。この人出てくるだけで、このブログの1回目の記事みたいにおっかないことが起こりそうな気がするが、今回はそんなことはない。
ペナンのコロニアル様式の街並みが美しい。何度かマレーシアに行ったことがあるが、ペナンには行ったことのない老生が行きたいなあ、と思うようになったので観光映画としても成功なのだろう。
同じ孫文暗殺テーマの十月圍城も早く見たいものだ(殺手は胡軍らしい)。
0701で紹介したP3橋脚(画像左側)と駅部の構造物との間のコンクリートケタを山側から眺める。
奥(ホーム側)に3本、手前に3本掛かり、手前から3本目に黄色(というか橙色)の仮支え(??)をが残っているように見える。ホーム側と山側の勾配が違うような気もするが、老生の視力は信用できない。
そのさらに東側を反対側(海側)から見る。
赤柱の左側のP3橋脚まで前述のケタが伸びている。いずれ一体化されるのであろう。
右側のP2橋脚との間が埋まるのも時間の問題のような雰囲気だ。
駅部の鋼製構造物のスパンの長さに比べ、P2、P3間の間隔が短く感じられるが、下の道路の地割りの都合か何か事情があるのだろう。
さらに東側。手前の踏切道は補助132号線。この道路を延ばしてボート池と結ぶ計画だ。
踏切道東際のP1橋脚の東側に上記の黄橙色の仮支えを拡大したような水色の仮支えが見えている。
これで東側から踏切道をまたいで、P1、P2橋脚間の架道ケタの施工をするのであろうか。
踏切道には0711から31まで夜間車両通行止めとの告知がある。この期間が架道ケタ工事のピークになるのだろう。