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2009年4月

2009年4月30日 (木)

保谷

20090429hoya00西武池袋線保谷駅西側の留置線群。
軌陸パワーショベル??が2台1組で何か作業を進めているが、よくわからない。パワーショベルがいるのが留置1番線、画像右が上り本線、左が留置2番線。
上り本線、留置2番線を比較すると本線の方がマクラギの間隔が詰まっているように見える。
パワーショベル2台の間は本線並の間隔に見えるので、もしかしたら留置1番線を上り本線(副本線??)に転用するための準備としてマクラギの間隔を調整しているのかも。
老生の見るところ留置1番線では、先にレールを交換している。さらにマクラギ間隔を手直しているとすれば、結構な手間ではないか。サラ地に道床をこしらえ、レールを敷く方が簡単そうに思える。
既存の資源を大切に使い続けるというのも西武らしいが。

2009年4月29日 (水)

イー・トンシン監督映画祭で真心話

20090404cinemart01シネマート六本木で<新宿インシデント>公開記念と銘打ってイー・トンシン監督映画祭を開催している。
爾冬陞は香港導演にしては寡作な方かもしれないが、ハートウォーミングな愛情ものやラブコメディから破滅へ突っ走るような暗黒ものまで、作品の幅は広い。当日乗では「早熟」を紹介したことがあった。
老生も何らかのかたちで見ているものが多いが、字幕なしDVDで見た「プロテージ/偽りの絆」(門徒)と、全く見ていない「真心話」は必見だ。
優先順位をつければ、まず「真心話」。というわけで、夫婦50割引には欠かせない老婆と見に行く。もうちょっとで一人でも割引になる。長生きはするもんだ。

主役カップル・ピーター何潤東+ファン・ウォン范文芳のスクリーンデビュー作だそうだ。まあ一言でいえば身分違いの恋。早熟は男の方が下流だったがこれは逆。女性側の問題を強調するためか、范文芳をかわいく撮っていないような気がする。いきなり映画館(「重慶森林」上映中!!)でサングラスだし。

20090427take_sentimentalswordsmanさて、大導演も若い頃は役者だった。
最近DVDで見た「多情剣客無情剣」では青年侠客阿飛(阿飛だぜ!!)を演じている。画像はDVD同梱の資料の表紙。ポスターあるいはロビーカードであろうか。下に並んでいる右から3番目が爾冬陞。

最近「グラン・トリノ」で監督としてのクリント・イーストウッドが注目されているが、日本では役者から監督になったというケースは、あまり多くないと思う。
香港だと編集者から役者になったり、サッカー選手から役者になり、中には監督やる人材も出てくる、といった例もある。香港社会が複線型の人生を受け入れる仕掛けになっているとすれば、素晴らしいことだと思う。

次は「プロテージ/偽りの絆」を字幕付きで見なくては。爾冬陞導演もちょっと出演しているし。

0501追記:NECOWEB眺めていたら、チャンネルNECO6月のアジア・スター・パラダイス放送予定に「真心話」と「早熟」があるのを発見!!要チェックですな。

2009年4月27日 (月)

京成100年 荷風130年

20090427keiseiae168keiseinippori00千葉方面で法事があったので、久々に京成を利用した。まあJRで行くのが普通だろうが、いいじゃん!!京成に乗りたかったんだから。
本年6月末が前身の京成電軌創立100周年とかで、スカイライナーもそのようなシールを貼っている。
あくまでも会社創立100周年であって、電車が走り出したのは、もっと遅い。最初の区間である押上―江戸川と高砂―柴又間が開通したのは191211(大正元年)である。

20090427keiseifunabashi01さて、久しぶりに乗った京成で印象的だったのは何といっても京成船橋が上下線とも高架になっていたことだ。
同社85年史によると199302に船橋市内連続立体交差化工事の安全祈願祭を挙行したというから、この頃から実際の工事が始まったのだろう。
上下線とも高架になったのは200611のことで、安全祈願から勘定して13年経過している。大工事だが、この段階では2階のコンコース部分が未完成であった。

20050904keiseifunabashi27この京成船橋付近の高架化だが、まず上り線が200411下旬に完成、供用開始している。画像は200509のもので、その状態。上りホームから下り側を見ている。
某生涯学習団体の合宿が千葉方面であり、船橋で乗り換え千原線の学園前まで京成で行った際に撮影した。
もちろん同学には説明できないルートだ。皆さんはJR千葉で集合し、そこからバスで行ったらしい。

19940218keiseifunabashi_ana00それ以前、地上時代はこんな状態だった。画像は199402のもので、これも上りホームから下り側を見ている。
地上時代は対向式ホームに、それぞれの改札があったと記憶する。朝ラッシュに上り改札から画像の踏切を横断してJR船橋に向かうお客が多いのに、ラッシュ時は遮断時間が長く、よく話題になった。
今回の高架化で抜本的に改善されたが、残念なのは本当の直上高架のようで、カーブの改良などが見られないことだ。
それでも対JRの乗り換えは飛躍的に便利になった。京成にとってはあまり嬉しくはないだろうが、スピードアップなど細かい努力で地道に逸走を防ぐしかあるまい。

20090425daikokuya0せっかく京成沿線で時分どきになったので、京成八幡駅直近の大黒屋へ。荷風散人が最後の外食をしたというので有名なお店だが、普通の和食屋といった態。といっても保谷あたりではこのような店もない。
今年は散人の生誕130年、没後50年だそうだ。ということは荷風30歳のときに京成電軌が創立したことになる。もっと後、1946(このとき67歳)に市川に転居してから、京成の話題が日乗によく登場するようになる。
といっても鉄分の人ではなかったようで、例えば「京成電車沿線彼岸花盛にひらく」(日乗19470927)といった内容が中心だ。

20090427daikokuya01大黒屋だが、老生は19960427東葉高速鉄道開業日に、帰路ここでカツ丼を食している。
その時はなかったと思うが、荷風セット??を新発見。散人の発注パターンだったカツ丼、上新香、菊正1合が画像のようなセットメニューになって1200円+悪税。お銚子1本はやや物足りないが、1260円で散人気分になれるのだからちょっと嬉しい。

2009年4月26日 (日)

石神井公園

20090426shakujii02街はつる姫(うそ)まつりで賑わっているが老生のテーマではない。で、いつもの石神井公園駅北側0426の様子。
先週に比べ、鋼製ケタがどんどん東側に伸びている。来週あたりは、すし三崎丸裏のP3橋脚まで達し、このフレームでは収容できなくなりそうだ。

20090426shakujii04こちらは西側の石神井公園1号踏切脇のP5橋脚。
北側に鋼製ケタと、駅北側画像のような緑色の仮支えが見えている。
西側でもP5と、さらに西側のP6の間に鋼製ケタを載せる作業が始まるのであろう。

2009年4月23日 (木)

保谷

20090423hoya000423朝の西武池袋線旧保谷車両管理所。検車庫だった建屋が完全に撤去されている。
といっても足元には覆いが残っているので、この位置からではピット線などがどうなったのかはわからない。
20081121の記事の画像が、ほぼ同じアングル。

2009年4月19日 (日)

石神井公園

20090419shakujii000419朝の西武池袋線石神井公園駅。
定点観測的な北側の眺め。0412に比べて、部材1個分くらい東にケタが伸びている。
緑色の仮支えがさらに東側に並んでいるので、来週あたりはもう1ブロック東に伸びているかもしれない。

2009年4月17日 (金)

西武9107省エネシール復活


20090417seibu9107hm2ikebukuro01
0417朝気づいた西武9107の表情(画像右)。省エネシールが復活している。
左は0408の状態。省エネシールがなく、何やらキズ跡のようなものが見える。
やっぱりVVVF回生制動を主張したいのだ。

2009年4月16日 (木)

Emio保谷

20090416hoyaemio00Emio保谷が無事オープンしたようだ。
といっても画像は10時開店の1時間以上前の状況。
店舗などは0402に記した。
夕方老婆が覗いたら大盛況だったという。めでたい限りだ。

2009年4月15日 (水)

魚仁

20090415uojin00うんと早いお花見の時に出た話で、同じようなメンバーで月島の魚仁へ。
チェリー應采兒みたいなねえさんが優れていて、オーダーはまず間違えないし、うまく客をさばく。よって、見た目より客の回転が速い。
画像のような魚介類を堪能した。とはいえ、細胞壁のあるものも食べたくなるのが人情。具体的には、どういうわけかジャガイモベーコン炒めが食いたくなった。…といったあたりも回転が速い理由の一つかもしれぬ。うまくできていますな。
汐留から新橋まで歩いたので、圭ママ覗いてみたが立錐の余地もない。そのまま回家。

保谷 保存車両だが…

20090415hoya000415朝の保谷。
旧検車庫の解体が進んでいる。工事用の覆いは東西の端部のみとなり、西側は画像のような状態。
新4番線など留置線の動きは見られない。手前に見える3000系はナンバー表示がプレート(シール??)様になった3011編成。

お、画像右端にラッピングされた物体が。

20090415hoya04何回か取り上げたことのある保存車両だ。左が5号蒸機、右がE12電機。
ご開帳というにはラッピングが邪魔だが、解体現場に隣接しているので当然の処置ではある。
ラッピングで王蟲のようにも見える右側の凸型電機E12だが、屋根上に折り畳んだパンタグラフが存在を主張しているかのように見えますな。

20070103seibu5hoya01r山側公道から覗いた画像を再掲出する。
このまま保谷で保存するのか、全面的なレイアウトの見直しでどこかに移動するのだろうか。
いずれにせよ適切な公開と説明表示を期待したいところ。

2009年4月12日 (日)

石神井公園

20090412shakujii00高架複々線化工事真っ最中の西武池袋線石神井公園。画像は0412朝見た北側の様子。先週気づいた緑のヤグラ様の構造物が増殖。これらは片持ち梁的な鋼製構造物??の仮支えのようだ。いずれ門型になるのであろう。
このあたりが駅の中心になり、最終的には地平にできる交通広場をまたぐかたちになるのだろうか。

20090412oizumishakujii00こちらは石神井公園4号踏切から見た仮設スロープ部。
0322の画像から、さらに工事が進み、ほとんど本設高架部まで側壁が連続している。

2009年4月11日 (土)

保谷

20090411hoya00解体中の西武池袋線保谷検車庫を遠望する。
画像は0411朝で0408に比べて覆いが減ってきた。というより東西の端部を残してほとんどなくなったといった方がいいかもしれない。
手前の3000系3ドア車が停まっているのが留置3番線。次の新4番に2000系4ドア車が見える。

20090411hoya01山側から眺めるとこんな状態。上の画像で向かって左、西側の方に覆いの残っている部分があるが、その内側の様子。
0328の記事に対応するアングルだ。

2009年4月 8日 (水)

保谷

20090408hoya010408朝の保谷。
旧検車庫の覆いが一部外れている。建屋の撤去も進んできたのだろう。
建屋がなくなると、遠くからでも保存車両(20080915の記事から)を眺められるようになるのか。そうなると嬉しいが、本来は横瀬にあるべきなのだろうね。

新設4番留置線の脇にレールが積んであるのは、横にもう1本留置線をつくる布石であろうか。

2009年4月 6日 (月)

何だか悲しい

19931215sanshiro_ana000331某氏らとフライング気味のお花見を敢行。一時よくやったように缶ビールもって池畔を徘徊。
最終的には湯島の三四郎(画像は199312)に突入すればいいと考えていた。ところが三四郎は閉まっている!!
三四郎のお嬢さんのブログ「江戸川区議 上田令子のお姐が行く!」に三四郎が3月いっぱいで閉店―という0315付けの記事があるのを最近発見した次第。坊ちゃんもおられたはずだが、やはりアート方面に向かったか。

しょっちゅう行っていたわけではないし、特に最近甘過ぎと感じたこともあったが、なくなると寂しい。どこか背筋が伸びている昭和の酒飲みがいそうな雰囲気があった。もう一度三四郎揚げ食して栄川の冷や酒がぶ飲みしたいものだ。

最近、酒屋の立ち飲みで後輩だか部下だかに説教たれているようなおやじ(といっても老生より若そうだ)見受けるが、説教にはこの店あたりの方が似合いますぜ。…といっても手遅れだが。

20090402oyamasakaba000402は某先輩らと大井町の大山酒場に足を向けたところ、画像のような告知が。このお店について老生は新入生だが、白い割烹着のお嬢さん方がきびきびしていてよかった。

某酒屋のおやじ氏に、酒は味わうもので酔うためのものではない―と諭されたことがあった。
これに対して老生は、何も考えず、五感を麻痺させてぐずぐずと飲むのもまたよい、と思うのだ。方向性は違ったがぐずぐずと飲める店が相次いでなくなって、何だか悲しい(老人性鬱というレッテルを貼れば、それっきりだが)。
この世の中で、永遠に続くことなど何もない―と頭ではわかっているつもりだが、実際に目にするとうろたえてしまうのだ。

2009年4月 5日 (日)

石神井公園、保谷

20090405shakujii02高架複々線化工事中の西武池袋線石神井公園駅。日曜は用事があるので、定点観測的に北側を眺めている。
0405朝気づいたのは、北口跡あたりに登場した緑色のヤグラ様の構造物。
覆工板の下は基礎工事が済んでいるはずで、仮設的なものであろうか。カラーリングもそれらしい。

20090405hoya00保谷駅東側では、出発信号機が付いていた柱まで撤去されている。先週中の作業か??直近で確認したのは0319の記事だ。
ここに渡り線と信号機のあった頃の0115画像はこちら。0115では信号機手前にケーブル類を納めているであろうU字側溝がありコンクリート蓋も見えるが、本日の画像を見ると仮設的なチューブになっている。

ここの渡り線を使って下り側から転線して上り方面に出発できたはず。老生は199411の何日間か深夜にマルタイが出発したの見たが、信号の様子までは記憶がない。そのような場合も閉塞システムを使うのか、よく知らない。

2009年4月 4日 (土)

保谷 桜バージョンとか

20090404hoya01r山側に新ホームを建設中の西武池袋線保谷駅。
ホームは西側の工事用通路部分を除いてほぼ完成。灯具や雨ドイも確認できる。
画像は0404早朝。一時に比べ樹勢はナンだが、山側に3本あった桜も生き残った。
鐵にも敷島の大和心があるぞ―といった態の画像ですな。

20030329hoya02rこちらは200303末の画像。ほぼ同じところを西側から見ている。
山側の留置線が2本健在だった頃。下り側に6000系が停車中、ホームに結構人がいるので保谷止まりだったのかもしれない。
桜は樹勢云々というより、道路側の枝を切ったということなんだな。


20090404seibu2066hoya0ところで、老婆と「エンプレス 運命の戦い」(江山美人)の初回を見て帰ってくると、旧車両管理所側の留置線のうち、敷き直し、4番を振ったものに2000系が留置されているではないか!!(0405画像追加)
ここが使われているのを見るのは初めて。

20090404hoyaeki07確認すると飯能側2065の8両固定編成であった。反対の塀側もぎりぎりのところに留置してあり、新4番線も8連が限界のように思える。
なお手前の3番にいるのは20151編成でこれも8連。

2009年4月 2日 (木)

Emio保谷

20090402emiohoya02昨年秋に閉鎖した保谷西武ショッピングプラザがEmio保谷として復活する。
追記のかたちで書いたが、改めて記事にし、画像も添付しておく。
繰り返しになるが、レモンドロップ、旭製菓、京樽、サンジェルマン、カルディコーヒーファーム、KYUSYUYA JUICE STANDが出店。0416オープン。

2009年4月 1日 (水)

不老!!

20090402osakemura00e昔若手だった人々と新橋でワインがぶ飲み。
雨が強かったので早々に駅まで退却。新橋駅前ビル1号館の信州おさけ村で雨宿り。
画像のようなポスターを発見。「不老」に<おいてますます>とルビが振ってある。このような挑発に乗らないわけがない。

鋭さはないが、とろりとして「戦い終えて、日が暮れて」感がいっぱい。「今日より若い日はない」という呪文を唱えて、頭から突っ込んだ時期も乗り切った老生向きか。

保谷

20090401hoya010401朝の西武池袋線保谷。
留置1番線のレール交換(ロング化??)は終わったようだ。
画像のように、1番線から2、3番を分岐しているポイントをいじるような気配。さらにホーム近くのポイントにも動きがありそう。

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