2009年12月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31    
無料ブログはココログ

« 2009年2月 | トップページ | 2009年4月 »

2009年3月

2009年3月29日 (日)

レッドクリフ・パート2(赤壁 決戰天下)

20090320take_redcliffpart00最近試写会で見たレッドクリフ・パート2。多くのパート2は後日談だ(無間道のように、それ以前に遡るというのもある)が、本編はパート1が赤壁未満だったのに対して、赤壁の戦いそのものなのである。箭を借りるとか、連環の計(経緯が演義とは違うが)といったエピソードが頭にこびりついている老生など、これを見てやっとすっきりだ。

さすがにジョン呉宇森!!2時間半近い尺を一気に見せる。大爆発、大音響のサービスも忘れていないのでお得感もある。
というわけで電影の性質としては「スター・ウォーズ」や「史上最大の作戦」(古い!!)と大して変わらないような気がする。

孔明と公瑾(傷だらけの男たちですな)の友情物語に仕立ててあるので、演義の呉蜀間の駆け引きのような面は出てこない。エンディングも牧歌的で、それはそれで終始一貫しているというべきであろうか。

2009年3月28日 (土)

保谷

20090328hoya01解体中の西武保谷検車庫だが、山側から眺めるとこんな状態。
壁面、屋根の一部が撤去されて骨組みがあらわになっている。そして手前に瓦礫の山ができている。
0222付けの記事で引用したお知らせによると5月末までの作業なので、この程度の進捗であろう。
建屋がなくなると、配線の自由度が増すといったことがあるのだろうか。

20090328hoya04一方、駅南側の再開発だが、ペデストリアンデッキのケタ材を架け始めた。
0306段階ではブルーシートで隠れていた、ガラスの温室みたいな部分はどうやら喫茶室のようになるらしい。イートインなのか??
今は開放感があるが、ペデができたら歩行者と目があったりするんかな。
そこにはサンジェルマンという文字が読める。これを含むEmio保谷は4月半ばに開店だが、バイト募集情報などを眺めると、他にレモンドロップ、カルディコーヒーファーム(リニューアル)が出店することがわかる。
立ち食いソバ屋的な店があってもいいような気がするが。
(0402追記)
0401付けのリリースによれば、上記の他に地元の旭製菓、京樽、KYUSYUYA JUICESTANDが出店。0416オープンだそうな。

2009年3月26日 (木)

なると@浅草4丁目、夜の石神井公園

20090326naruto00某氏主催の一応花見ということで浅草4丁目の韓国料理なると初体験。お店の名刺には韓国家庭料理/居酒屋と書いてある。そして代表者の方は任さんだが、イムとルビが振ってある。普通話ではレンだろう。広東ではヤムでイムに近い。やはり同心円的に変化していく、あるいは古い読みが残されるのだろうか。老生、この分野も全く素人ですが。

千束通りからちょっと入ったところにある。この通りは半島系のお店が多いようですな。
焼き肉もあることはあるようだが、居酒屋系のものが多く、焼き肉より落ち着く感じ。店内奥手には運動選手の色紙が貼られ、期待が高まる。

20090326naruto02画像は蒸しカシラ。ごま塩でうんまい。あと印象に残ったのはカキの塩辛ですな。塩辛化で味が濃厚になるのだろうか。
石焼き○○というのが結構あって、ビビンバの容器でミノとかツブ貝とか供す仕掛け。
初回で全種目制覇できっこない。
で、いい加減飲み食いした後、隅田川沿いに桜見物に行き、芯から冷える(かような場合は「まで」冷えるのか??かの『神田川』では「まで」だが、髪という周辺部品に限定、冷えの到達点というニュアンスと思う。老生、この分野も全く素人ですが)。

20090326shakujii02池袋から乗ったのが急行で、石神井公園乗り換え。で、ちょっとだけ工事の様子を見る。画像は石神井公園2号踏切、工事のため歩行者のみ渡れるようになっている。
何やらクレーンが働いているが、暗くてよくわからん。

20090328shakujii00(0328追記)
0328朝見に行く。ほぼ同じアングルの画像追加。
P6橋脚の西側に6本ケタが架かっているのがわかる。

朝の石神井公園

20090326shakujii00西武池袋線石神井公園駅0326朝の状態。上りホーム最後尾(西端)から眺めたところ。
P4橋脚と駅側の一まとまりの鋼製構造物との間にケタが架けられているのに気づいた。
朝日に輝くケタが神々しい。
近くの踏切は今日から夜間通行止めらしい、駅西側でケタの架設が進むのであろう。

2009年3月24日 (火)

保谷

20090324hoya010324朝の保谷留置1番線。画像左側が西側、右が東(駅ホーム)側。
西側を見るとレール剥がすのは一段落したように思える。新たにレールが搬入されているが、老生の視力ではロングレールに見える。本線化の流れか。

2009年3月22日 (日)

石神井公園

20090322dscf0009高架複々線化工事が進む西武池袋線石神井公園駅付近だが、1期工事は石神井公園3号踏切の西まで。4号踏切との間の仮設スロープで地上に降りる。
本日(0322)確認したところ、スロープ部分に側壁が嵌め込まれていた。西端から海側では10区画、山側では7区画ほど嵌めてあった。0208付け記事では松板を嵌めてサイド壁をつくる―などと書いたがコンクリート板のようである。
スロープだけ先行しても意味がないので、橋梁、駅部の工事も進んでいるということだ。

20090321shakujii00そういえばP5橋脚の脇にケタが並んでいる(これは0321撮影)。
いよいよ高架構造の床部分ができていくのであろう。

2009年3月21日 (土)

ヒデヨシ酒店@汐入、横須賀線武蔵小杉

20090321hideyoshi00汐入のヒデヨシ酒店、最近気に入っている。といっても場所が場所だけに毎日行くことはできない。ので三連休の真ん中に当たる0321、頭から突入。
地元の賭神ご夫妻を囲んでおるのは、某氏、某々氏、某女史、某々女史。
漬け物がいいよね、ここんちは。卡拉OKへと流れる。

20090321jreyokohama02本日は横須賀線で横浜まで出て京急に乗り換えた。
武蔵小杉の新設工事を確認したが撮影失敗。
画像は横須賀線の横浜駅ホーム。現在拡張工事中。地下化した旧東横線のスペースも使うということである。

20011208shonanshinjuku_ana02画像は、ほぼ同位置から眺めた地上時代200112の東横線下り側。ステンレス車の屋根部分が見えている。
この後200402、みなとみらい21線が開業東横線と直通運転が始まった。みなとみらい線は全線地下。東横線も東白楽付近から共同利用駅となった横浜まで地下化した。

20090321musashikosugi00(0322追記:撮影失敗―と書いたが、下り列車先頭からのへたれ武蔵小杉画像追加。E217系撮影しにくい。)
南武線をまたいだあたりに新駅を建設している。画像左側で躯体を施工中、海側に下り線をずらし、上下線間に島式ホームをつくる。
既存の南武線武蔵小杉と連絡するが、連絡通路はおよそ250メートルほどにもなるという。海老名のJRみたいにな感じだろうか。まあ、こちらは最終的にはラチ内で南武線とは連絡するであろうが。
なお画像対向線(上り線)に合流してくるのは新鶴見信号場からの連絡線。下り線からも上り線高架部をくぐって新鶴見に連絡する線が分岐している。

2009年3月19日 (木)

メトロ10000系のツカミ棒

20090319eidan10026shakujii01どうしても好きになれなかった、というより使えなかったメトロ10000系のドア脇にあるツカミ棒(正式名称知らぬ)だが、最近まともなのが出てきたことに気づいた。
画像左側が従来のもの(10001編成10301号車)。湾曲したアルミカバーがあり、この状態で右手なら掴めるが左手だと逆シングルでないとムリ。イチローでもあるまいに。デザイン至上偏重遺産として保存したらいいのでは。
右が最近のもの(10026編成10026号車)。素直な棒状で左手でも掴める。

保谷駅東側のポイント完全撤去

20090319hoya00西武池袋線保谷駅東側の下り線側だけに残っていた分岐器(の残骸)が撤去されていることに0319朝気づいた。
先週末は確かに下り側に残っており、昨夜もあったと思うので0318夜間の作業結果であろうか。
下り側から上り線への出発信号があった棒が寂しそうだね。

2009年3月18日 (水)

東北縦貫線

20090318okachimachi02上野―東京間の線増工事、いわゆる東北縦貫線の工事が次第にかたちになってきたようだ。
画像は御徒町から秋葉原側を眺めたところ。京浜東北線南行列車の後尾が見えている。
その左側にあるのが東北・高崎線の引き上げ部で秋葉原駅のホームあたりまで伸びている。
さらに画像左(東)側にも断続的に引き上げ線があったが、現在は剝がされているようだ。これらスペースを利用、秋葉原付近までは新設線を整備、神田あたりでは東北新幹線の上空を走らせ、東京駅の北側で在来線と同レベルに降り、東海道線の引き上げ部分と接続する計画。

一応2013年度の完成予定。完成後は上野、東京をスルー運転でき、東北・高崎、常磐線と東海道線が直通することになる。東北・高崎線は湘南新宿ラインとして山手貨物線経由で東海道、横須賀線と直通しているが、上野側でも直通できるようになる。現在そうした手段のない常磐線は飛躍的に便利になるが、全列車というわけにはいかないだろう。また山手線、京浜東北線の上野近辺の混雑も緩和できる。

そうなると、やるかどうかは別だが、品川・田町で担当している東海道線列車のメンテナンスを東北線系の尾久・田端に集約できるだろう。これを視野に入れて田町―品川間の新駅構想がでてきたのであろう。

20070629jreef8192nippori00ブルートレインの廃止といった流れもその一環ではないか。機関車牽引の客車列車で神田の高高架を登りたくないのだろう。もちろんこれだけが理由ではないだろう。連日、富士/はやぶさが超満席であれば当局は別の方法を考えただろう。尾久から上野まで推進運転しているカシオペア(画像は200706)などがどうなるのか興味は尽きない。品川が担当するのだろうか??まあ、あっても1日数本の夜行など通勤ラッシュに比べればどうでもいいが。

しかし、この間には大正末から列車回送線があり、東海道線と東北線系はつながっていた。東北新幹線が高架で東京に乗り入れるに際してそのスペースを譲ったのだ。記録では19830610撤去という。東北新幹線東京開業は19910620、平成3年だ。平成まで遠くなりかけている。

確かに、東北新幹線が東海道新幹線の隣にあれば便利なことは間違いない。しかし、新幹線まで分割民営化の対象となり、東海道新幹線と東北新幹線が直通運転しないのであれば、東北新幹線は上野から地下のまま東京地下駅まで走らせてもよかったのではないか。

そうすれば列車回送線は温存でき、また東北新幹線ホームのスペースを稼ぐための中央線東京駅重層高架もやらなくて済んだだろう(総武快速・横須賀線地下駅との競合は発生するが)。
今回の東北縦貫線新設と中央線重層高架のコストを合計しても、新幹線のトンネル掘削の方がコストがかかるということなのだろうね。

何にせよ、やると決めたからには早めに完成させていただきたい。老生も目の見えるうちに東北新幹線の上を走ってみたいものだ。

2009年3月16日 (月)

丸長@田町

20090316marucho00某女史、某々女史らと玉川屋スタート、天使の街の立ち飲みそば屋丸長へ。最近必ずいただくカレーとナン。
その後北上したが詳細は不明だ。

2009年3月15日 (日)

石神井公園

20090315shakujii00高架複々線化工事が進む西武池袋線石神井公園駅。
定点観測を続けている北口側の0313の様子。
ホーム側から見てもわかるが、覆いの鉄骨(というのか??)が、上り本線山側にリズミカルに立ち並んでいる。作業のポイントが基礎部分から高架部分に移っていくのであろう。
覆工板が敷き詰められているので、土中の工事は済んでいると思うが太いパイプが数本転がっていますな。どうなるのだろう。

20090315shakujii08ホーム西側の踏切から眺める。
一まとまりに見える鋼製構造物の手前、踏切直前にP4という番号が振られた橋脚ができている。西側にP5、6と橋脚が並んでいくようである。
線路脇の掲示によるとP4と東側の一まとまりの鋼製構造物の間、およびP6の西側には3月下旬にもコンクリート製の桁が掛けられるそうである。
中間のP5橋脚を含むP4~6間は道路を2本またぐわけだが、ここには鋼製の桁を製作中とのことである。

20090315shakujii03反対側、ホーム東側の富士見台11号踏切の東側にはP1橋脚ができている。そこから練馬高野台側をのぞいてみる。
練高駅付近の既設高架構造へとつながる橋脚が整列。空中に作業構台??ができているようですな。

ストロベリーエクスプレス

20090315seibu4005hoya020315、西武池袋線では臨時団体列車ストロベリーエクスプレスが運転された。いちご狩りツアー専用貸切で、何通りかコースがあるらしい。
飯能側先頭車はクハ4005、保谷駅を08:03頃発車した。

2009年3月14日 (土)

保谷

20090314hoya010309にリポートした西武池袋線保谷駅西側の留置1番線だが、西端から3両分強レールが剥がされていることが視認できた。70メートルほど撤去されたことにになろうか。
画像を見ると、すぐ左の上り本線がそのまま留置1番線のコースに転進しそうな気配が濃厚だが、いかがであろうか。
その上り線のさらに左にある車止めは、上下線の中間にある引き上げ線。ここも10連留置可能。

20060911eidan10101hoya03留置1~3番線がフルに利用されていたのが画像の20060911朝。
おそらく前夜、西武線内で試運転したであろうメトロ10000系が、何らかのトラブルでで外泊したらしい。デビュー当時のシールを貼った姿だ。
2、3番に10両固定編成の西武9000系が見える。

20090314hoya00一方、駅東端のポイントだが、上り線側は分岐器が撤去され、棒線になっている。
下り線も時間の問題だ。

Kitaca⇔Suica共通化カード

20090314suica00朝、池袋で2時間ほど並んでSuica⇔Kitaca相互利用紀念Suica(画像下側)を手に入れた。もともと根性ないし、完璧なコレクションなど望むべくもないが、これはかわいいので並んだ。立ち飲みで鍛えているので無問題。最近の鉄博のヘンにArtしたような暗くて鬱陶しい写真や、モノレールの子供のお絵かきみたいなのより、よほどよい。
ところで、Suicaマークの下の2つのドットは何のまじないであろうか??これまでのカードにはなかったと思うが。

2009年3月10日 (火)

玉川屋でゴージャスに

20090310tamagawaya00最近、異常に混んでいる浜松町の玉川屋だが、奥のVIP席を確保できた。Y博士、ジャンボと熱海ツアーの反省会(でもなかったりして)。
画像は鮭トバスティック420円。この日のスペシャル筑前煮が350円なので、鮭トバスティックたぶん一番高い肴であろう。焼酎ロック260円がんがん飲んでさっと引き上げる。

保谷駅東側のポイント停止

20090310hoya00昨日の記事に「駅東側の、下り1番線から上り線に進入できるポイントにも何やら動きがありそうだ」などと牧歌的なことを記したが、老生の認識を遙かに上回るテンポで世の中は動いているようだ。

画像は本日(0310)朝の上り列車最後尾から眺めた当該ポイント。
がうちょわ~~もう外されているではないか!!

ここは下り側から上り線に進入するためのもので、駅には下り線から上り側への出発信号機も備えている。まだあると思うが、もう不用ですな。

20090115hoya00(0310夜追記:…などと記したが、全くどこに目をつけているのか!!昨日=0309=の3番目の画像を見れば、既にシグナルもシグナレスもなくなってただの棒になっているのがわかる。先週中の作業か??画像は0115で、下り側から上り線に出発できた頃。正面の上下線間にある赤信号がそれ。画像では見にくいが、左端の青信号が上り本線用の出発信号機。)

20090311hoya01r(0311画像追加:気に入らないので0311朝、撮り直した。上の画像と対比できるだろう。
ポイントというか渡り線は撤去され、下り側からの出発信号機はただのずる剥けた棒になってしまった。)

このポイント撤去は保谷の2面3線化の流れの一環であることはもちろんだが、背景には機関車による貨物列車の見直しもあるのかも。
線路封鎖してモーターカーを走らせるのであれば、単純な配線の方がいい、といった事情もあるのではないか。総て素人の妄想だけど。

2009年3月 9日 (月)

保谷留置1番線に動き

20090308hoya022面3線化工事中の西武池袋線保谷駅西側に展開する留置線群だが、上り本線に沿うかたちの1番線に動きが出てきた。
画像は0308のものだが、8日の日曜は休工日だろうから、0307までに軌陸パワーショベル??は、この1番線の西端に来ていたのであろう。

20090309hoya02新秋津クリフ見物の帰りに上り列車最後尾から見た留置1番線。車止めができている(0308の別画像でも確認できた)。2番線の101系は10連で、1~3番線が10両留置可能ということがわかる。
留置1番線を山側の新設上り本線に変更、現上り線を上下利用可能な中線とするのであろうか。

Dscn0001そういえば駅東側の、下り1番線から上り線に進入できるポイントにも何やら動きがありそうだ。
砂袋??が設置されている。

近江鉄道向け101系譲渡車

20090309seibu270shinakitsu01西武101系後期車が近江鉄道に譲渡されるというので、甲種輸送を見物に新秋津クリフに行く。
譲渡されるのは彦根側からクモハ291、同269-270の3両で269-270は生まれたときからの相棒である。20メートル3ドアという特異な形態で、しかも150キロワット全電動車の2連というのは地方鉄道ではオーバースペック、電気機関車が入線するようなものであろう。とはいえ再就職先が見つかり、廃車解体にならないのは幸せな老後というべきであろう(感情移入過多)。
老生がクリフに着くと、既にJR貨物のEF651066に連結してあり、予定通り10:30頃出発していった。

20030204kujun269shakujii00そんな269の現役時代の画像。
200302の石神井公園駅で、飯能方最後尾につながれていた。高架工事着手前の石神井公園中線、列車種別の区間準急も今では見ることができないし、スカートも取り付けられていない。
2連の場合、画像のように飯能側にパンタ車を配するのは西武の伝統??で、最近の30000系2両編成もそのようになっている。新秋津の画像でパンタ車の269が池袋(彦根)側になっているのは、近江のために方向転換した結果であろう。

2009年3月 8日 (日)

箱根湯本

20090307hakoneyumoto02週末は箱根温泉小旅行。

で、箱根湯本であるが、1週間後の0314にリニューアルということで、だいぶ新駅の様相が明らかになってきた。基本は橋上駅舎になるようで、同時にバリアフリーも進む。
20070724のニュースリリースでは国道1号をまたぐペデストリアンデッキとの連絡が明らかであったが、その部分は今回は外れるようだ。
また、いわゆるエキナカも見直され、カフェや土産店も整備されるとか。
それにしても、小田原―湯本間は小田急車両の受け持ちで、もはや小田急線の延長部分でしかないことを再認識。

20001112hakonetozan2003odawara_ana0輸送力のある小田急車両が運行するのは結構なことだが、ちと寂しくもある。
箱根登山車両が小田原まで顔を見せていた200011の画像を掲出しておく。

2009年3月 6日 (金)

保谷 新設留置線とか

20090306hoya0202220228で触れた西武池袋線保谷の留置線だが、本日見たところ架線を吊っているビームに「4」番が振られていた。
8~11番線は生きているようだ。上記0228などの画像を見ると「4」番の北側に、もう1本できそうなスペースがあるので、結局2本減ということになるのだろうか??
検車庫の周辺を含めて、まだ余裕がありそうではある。が、あんまりギチギチに配線して、喉元の踏切が現在以上に“開かず化”するのもまずかろう。

20090306hoya04一方、南口側では西東京市のつくるペデストリアンデッキへの連絡工事が進んでいる。ほぼ同じアングルの080920中段画像と比較すると、フルーツ店の線路寄りに鋼製柱が建植されているのがわかる。
上記記事で触れた「失踪日記」(吾妻ひでお)に登場する、へたれ植え込みは見あたらない。改装工事で名作の面影が失われるとしたら残念。工事が済み次第、植え込みを再現してくれると嬉しい。

2009年3月 5日 (木)

石神井公園

20090305shakujii02高架複々線工事真っ最中の西武池袋線石神井公園駅。画像は本日眺めた南口階段の残骸。
0301段階では残っていた工事用の覆いも、ついに姿を消した。
山側の構造物の進捗に目を奪われがちだが、海側も変化が起きている。

2009年3月 3日 (火)

呑者家西口店

20090303donjaka01放課後の人生相談劇場は新宿の呑者家西口店。天気が悪くなってきたので駅近で。
悪あがきしているうちに季節は移ろい、ソラマメのシーズンになっちゃいましたな。
昔は冷や酒(主に銀嶺立山)をよく飲んでいたが、今では焼酎ロック(主にまんこい)飲んでいる。翌日楽だもんね。
とっくに娘はいなくなっているのに、家で老婆のチラシ寿司食って寝る。

インファナル・ディパーテッド !!!

20090228take_ontheedge00すてきなタイトル(ビデオ題??)に惹かれてレンタルしてしまった。やるなあ竹書房、あまりといえばあんまりではあるが…。
まあ原題の黒白道もちょっとね。英題をそのままカタカナ表示することもあるが、オン・ザ・エッジでは、ほりえもんが出てきそうだ。それがなければ「オン・ザ・エッジ」でいいと思うけど。頼まれたわけでもない老生が命名するとすれば「臥底之末路英雄」だね。手垢ついてるけど。

凡百のアンダーカバーものは摘発したところで終わるが、これは、そこが始まりなの。そこに価値を見いださなければレンタルしない。
それにしても黒社会のダーク哥(呉鎭宇飾)を摘発した潜入捜査官單海生(張家輝飾)を、そのままその地域担当にするってのは如何なものか。
かのドニー・ブラスコ(フェイク)みたいに整形して、違う場所でFBIの庇護の元で暮らすようにしないとやってられないよね。でも香港は荒っぽい。どうも名前も変えずに捜査させているようだ。同僚には疑いの目で見られ、黒社会からは裏切り者として扱われる。…といった展開。

大事件、黒社會あたりからシリアスなニック張家輝をよく目にするが、ちょっとひ弱な感じが、あるときキレそうでよろし。「証人」見たいなあ。ミシェール李嘉欣の飼い犬みたいなのが本来の芸風だと思うんだけど。
嫌みな警官のアンソニー黄秋生もいい。人のいいおやじなんか他の芸人でもできる。

2009年3月 1日 (日)

石神井公園

20090301shakujii00本日から3月。
西武池袋線石神井公園駅付近の高架複々線化工事も進捗している。
画像は定例の北側だが、建機の頭頂部を入れたくて、いつもより引いた画面になっているかもしれない。北口駅舎のあったあたりに杭を打っている。というより円柱形に組んだ鉄筋を埋め込んで、コンクリートを流し込み土中に杭を築きあげているのであろう。そして完成した杭の上に、鋼製構造物を載せていくのがこの辺の段取りのようである。

20020714shakujii02_2ほぼ同じアングルで北口駅舎が健在だった時期の画像。今となっては北口の売店も懐かしい。
200207の撮影で北口駅舎を撮りたかったのではなく、北口ロータリー工事の様子を記録しようと思ったのだろうね。
連絡地下道に役目を譲った跨線橋も偉容を誇っている。

20090301shakujii09その跨線橋だが、南側に残っていた階段もほとんど撤去されている。

« 2009年2月 | トップページ | 2009年4月 »