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2009年1月

2009年1月31日 (土)

天使の眼、野獣の街(跟蹤)

Dscn0001以前、取り上げた跟蹤(アイ・イン・ザ・スカイ)が「天使の眼、野獣の街」というタイトルで公開になったので、初日が暴風雨だったが老婆と渋谷シネマライズに行く。画像は劇場入り口のポスター。よく見ると水滴がついているでしょ。
ここでは夫婦50の技が使えないので、前売り券を仕込んだ。

よくできている映画だと、改めて感心。香港電影にしては珍しく(失礼)辻褄が合っている。転調もしない。複数回見ることで余裕ができたのか、ウサギの小話をしているとき、画面にニンジン持ったウサギが出ていることに気づいた。小技か。

大昔からのファンを自認する老婆によると、サイモン任達華、お腹に布団入れすぎだというが、今回の造型はなかなかよい。

保谷

20090131hoya020131午後の保谷留置線側の様子。
先週段階で旧7番線車止めの奥で組み立てていたポイントは、横にずらして1~3番線の根元に挿入された。元々4~6番線を分岐していたポイントの復活のようにも思えるが、分岐位置が手前(東側)に移動したようだ。もとより公道から眺めただけで、計ったわけではないが。

右手の12~14番線を収容する建屋は工事用の覆いで囲われてしまった。

20090131hoya04旧車両管理所西側の跨線橋から眺める。上述のポイントからのレールがへらへらと伸びてきた。レール、PCマクラギとも流用品のようである。留置線など、通過トン数も少ないので、それで充分だ。
留置線工事の意味はまだ不明だ。
基本的に8連対応の有効長を、伸ばすと考えるのが順当だろう。が、普通8両の東急東横線との直通を視野に入れた副都心線直通が始まってから、西武線内で完結しているはずの休日の優等列車などでも8連が増えてきたように感じる。
そんな時に10両対応にコストをかけるだろうか??よくわからんよ。

20090131hoya00工事が進む新上りホームにエレベーターの枠組みが姿を現した。

2009年1月30日 (金)

石神井公園上りホームさらにスリム化??

20090130shakujii00高架複々線化工事真っ最中の西武池袋線石神井公園駅だが、上りホームの山側(本線側)が1メートルほど仮設化されたような雰囲気だ。
画像のようにレール間に白い袋があり、脇にはパイスケが。この状態になるとレールをずらすとか、何かが起こるのが普通。
地下通路あたりから東側のホームを削って上り本線を海側にずらすのであろうか。

2009年1月28日 (水)

西荻の戎

20090128ebisu00r近いような、そうでないような中央線沿線。
自由帳面氏と西荻の戎へ。南口の晏閣の脇を通って、ちょっと行くと戎がいっぱい。我らが入ったのがたぶん本店だろう。
老生は焼酎ロック、氏はお湯割り。
後輩に仕事を任せて、ハッピーリタイアなさる、と。ややシリアスになる。
泥酔せず、まだあったバスで大泉学園に出て回家。

2009年1月26日 (月)

戦場のレクイエム 谷 Who??Why??

話題の「戦場のレクイエム」(集結號)を見た。「イノセントワールド」(天下無賊)でギャラが安そうだった面々が出ている。

20090117assembly00最後の最後になって主人公のグー・ズーティ(谷子地)は両親が餓死して、ヒエだかアワだかの畑で泣いていたのを拾われたようなことが明かされる。よって谷子地と名づけられた、とも。

大方の日本人にはピンとこないと思う。谷は穀物の穀の簡体字なのだ。漢字が読めなくても、微妙に意味がわかってしまう日本人には苦手なタイプの簡体字だ。両方とも日本読みでもコクだけど。
葉=叶もこの例で、叶姉妹は葉姉妹だったのね。

穀物畑から谷という姓が与えられたらしい。穀という姓を見たことがない老生も、谷なら香港のヴィンセント谷德昭とか本邦のトニー谷とか、すぐに思いつく。その辺は意味が違うが同じ字であることをうまく使っているのかもしれない。

それにしても、谷子地が生まれ、以上のように命名された頃に簡体字は使われていたのだろうか??大いに疑問だが、個人のメモ的に穀物の穀を同音の谷と俗に書くことがあったと解釈できるだろう。部隊に字が書けるのは指導員1人という状態なのだ。

あと小さな親切大きなお世話的にいえば宣伝面で胡軍の出演を、もっとアピールしてもいいのではあるまいか。レッドクリフで胡軍ビッグネームになったと思う。今回はゲスト的出演ではあるが、そのことを利用しないのはもったいない。

2009年1月25日 (日)

石神井公園

20090125shakujii020125の石神井公園北口。
先週に比べ、東側の鋼製構造物が南北方向に増殖しているように見える。

2009年1月24日 (土)

保谷

20090124hoya012面3線化工事が進む西武池袋線保谷駅。

画像は0124午前中の新上りホーム。
枠組みの上に屋根材が置かれている。床も、工事のための出入口部分などをを除いて、できあがっているように見える。化粧タイルでも貼れば完成ではないか。

20090122hoya00こちらは2日前(0122)朝の風景。

トラックから新ホームに引き揚げられているのは、恐らくエスカレーターの部品であろう。
何だか急ピッチで工事が進んでいるような感じですな。
肝心のレールや架線が影もかたちもないが、新設ホームの工事としては、ほぼ峠を越したのではあるまいか。

20090124hoya02で、改めて掲示を見て、内容が更新されていることに気づいた。
「※新上りホーム使用開始時期につきましては、決定次第、掲示物にてお知らせ致します。」という文言があるではないか。“決定次第”というからには、まだ決定していないか、決定が撤回されたのだろう。
20081119に気づいた掲示の「平成21年夏頃使用開始予定」という当初見込みを裏切って工事が進んだのだろうか。
ただ、現行ホームの手直しをも含むであろう工事全体の完成予定は23年3月末で変更はない。

いずれにせよ、こういった掲示にタイムスタンプがないのはいかがなものか。
決定があったのかなかったのか??変更があったのかなかったのか??
だいたい西武は何かにつけて途中経過を明らかにしない癖がある。
老生は監督官庁でも株主でもないが顧客ではある。その程度には知らされたいものだ。でかけるときに、ほほえみたいだけなのだが。

20090124hoya06_2こちらは留置線側。
吹雪を突いて西側の跨線橋から撮影した。
0117の記事の中段の画像の車止めの西側の様子。
新しく道床をつくっている。こちらの工事も無知な老生にとって不分明な部分が多い。留置線の本数を増やしたいのか、有効長を稼ぎたいのか??単なる更新ということはなかろうが。

20090124hoya08一方、車庫の建屋の本線側は工事用の囲いで覆われた。
この画像の右端に、ちょっと顔を出しているのが新しい道床の先端部。

2009年1月21日 (水)

京急蒲田を横目で見て汐入のヒデヨシへ突入

20090121hideyoshi02大先輩の賭神ご夫妻が案内してくださるというので、横須賀へ飲みに行くこととなった。
何軒かハシゴしたが、一番おもしろかったのはスタートのヒデヨシ商店。京急汐入駅直近だ。このときは、まだ薄暮ゲーム。
ホームグラウンドである浜松町の玉川屋が、そのまんま移動したような感じの酒屋店頭飲み。若干ルールが違うみたいだが、気にしない気にしない。缶ビール、焼酎ロックなどいただく。

20090121hideyoshi00最近、玉川屋もインターナショナルな感じになってきて、白人の兄ちゃんがビール飲んでいるのを目撃したことがあるが、国際化では横須賀の方がウワテだ。
ドル紙幣などにコメントが書いてある。
英語はよくわからんが、ここで飲んだ人々が幸運だといいな、と思うばかりだ。
この後メイン会場に移動したが、ヒデヨシの焼酎が効いて、よく覚えていない。最近飲むとすぐ眠っちゃうしね。

20090121kmt汐入集合だったので、品川から京急に乗った。都営線内でも、よく目にするようになったステンレスの新1000系だが、どういうわけか今日はお目にかからなかった。
画像は蒲田付近、京急得意の直上高架工事風景(ホームは雑色)。このスケールに比べたら、老生が日々レポートしている石神井公園や保谷の工事など、小さいものだ。
まあ、この工事にも税金が使われているわけだ。大東急系各社は税金を使うのが上手に思える。一方、西武は税金を納めないのが上手だったみたいだが。

2009年1月20日 (火)

肉の大山@上野の深奥部

上野の肉の大山といえば立ち飲みだが、奥はレストランだ。

20090120oyama01rそこには画像のロースカツサンドをはじめ、なかなか魅力的なメニューがある。
レストラン側から立ちメニューのやみつきコロッケなどは注文できるが、立ち側でカツサンドは注文できないかも。
両側を老生と森姐でいただき、真ん中のピースを遅れてくるざー氏にとっておく。先着した我らの良心。

20090120oyama02カツサンドと双璧は煮込みであろう。堪能しました。
左が牛スジ煮込みで醤油味、右が大山名物特製煮込み。こっちは白味噌仕立て。
生ビールからワイン、焼酎ロックと進んで早めに回家、明日に備える。ふふ。

江古田、保谷

20090120ekoda06rかねて告知されていたように、本日(0120)から西武池袋線江古田駅上下ホームとも東側の階段が使用停止となった。
画像は下りホームの東側階段。工事用の覆いで囲まれている。
対向式2面ホームの基本は変わらないが、南北自由通路ができ、バリアフリー化、ホームの有効長も伸びるようだ。

20090120ekoda01r跨線橋部分。上下ホームとも東側(池袋より)には降りられない。
左端に見えるのは北口改札。突き当たりの券売機など、道路上に張り出したかたちになっているが、今回の改良工事で自由通路に面した改札に集約される。

20090120hoya00rこちらは保谷駅新設上りホームの西側。
階段らしき枠組みが立ち上がっている。その下にホームの屋根が先行してできかけている。

2009年1月18日 (日)

保谷に新階段??石神井公園鋼製構造物増殖

20090118hoya03保谷駅新ホームの動きが急ピッチだ。

土曜から日曜にかけての夜間にも工事が進んだようだ。画像は0118段階。昨日(0117)の記事とほぼ同じアングルから。
新設上りホームの西端に、一般部分の屋根とは違う何かの枠組みが立ち上がっている。基礎が他のところと違うので、ホームだけではない何かができるのでは、と思っていた。

20090118hoya01現行ホーム側から眺める。
上に見える部材が傾いているので、階段かエスカレーターの屋根であろう。
この画像の右側に職員用出入口があり、着工前は上り本線、山側の側線を横切る職員用通路があった。現在はその出入口は使用停止となっている。
建設中のものはその通路の代替設備で、階段の上から①新上り線、中線をまたぐ跨線通路ができ②ホームの上にある池袋線乗務所保谷支所へつながる─のではあるまいか。さらに想像をたくましくすると、この跨線通路の関係で保谷西武ショッピングプラザは、西端にあったトイレなどのスペースをいじるので、一足早く閉店したのかも。
完成後は新ホーム上で乗務員の交代風景が見られるだろう。

20090118shakujii03一方、石神井公園駅部の高架複々線工事も進捗している。
先週初めて気づいた駅部分の鋼製ラーメン構造だが、東側に不連続に増殖している。
画像は駅北口側。以前あった跨線橋のすぐ西あたりに高架構造物が顔を出している。この段階になっても、まだ南口階段が残っているのがおかしいね。

2009年1月17日 (土)

保谷

20090117hoya02r0117午後の保谷。
新設上りホームを西北側道路から見る。
現行ホームより、少なくとも1両分、20メートルは西側にずれそうな感じだ。
右下の車止めの向こう側に側線から現上り線に合流するポイントが見えている。ここと下り線から車庫を直接結ぶ斜め線を整理統合するのではあるまいか。

20090117hoya04西側の踏切から旧車両管理所の留置線群を眺める。
車止めの先に何やら動きがありそうだ。ここは5~7番線を分岐していたポイントがあったところだ。4番線を分岐していたポイントもなくなっている。普通に考えればこの先に4~7番留置線を置き直すことになろう。
右奥、12~14番ピット線のあった建て屋の扉が2線分閉まっている。

20090117hoya08旧車両管理所の西端を跨線橋から見る。
8番線の手前に架線柱、ビームを新設している。見たところ2線分あるようだ。6、7番線になるのだろうか。
奥の建て屋の周囲に足場が組み上がっている。週明けから取り壊しだろうか。

2009年1月15日 (木)

保谷駅新設上りホームに階段出現

20090115hoya00r山側に片面ホームと上り線を新設して2面3線化するという西武池袋線保谷駅の0115夜の状況。
新設ホームの西側に階段ができている。朝の段階ではなかったと思うので、今日一日の作業の結果だろう。
20081119の告知によれば今夏には新設ホーム、階段が使用開始予定ということだが、もう姿を現している。こういう工事で、どんな工程が律速しているのか知らないが、夏前にできちゃいそうなノリだ。

2009年1月14日 (水)

大井町の大山酒場

20081125oyamasakaba00仕事場のお嬢さん方と、ちょっと立とうと大井町へ。
肉の前川が激混み、武蔵屋はビルになるとかで開いていない。旺角の裏通りみたいな道を戻って、大山酒場(画像は200811のもの)へ。
根性があると公言していたY博士、O嬢、「ま」氏がサクッと前川で立ってから合流。昭和30年代のような2階でネギオムレツ、カキフライなど食す。あ、おでん注文するの忘れてる。
もう一軒東急のガード下みたいなところ行ったようだが詳細不明。20090115追記:浅野屋信州酒場であった。

2009年1月12日 (月)

武侠梁祝

20090104take_butterflylovers00正月休みに見たDVDの一つが「武侠梁祝」(バタフライ・ラヴァーズ)。月姐が貸してくれた(厚意謝すべし)大陸入手版なので、タイトルも画像のように「剣蝶」になっている。そんなに複雑なスジではないので字幕なくてもいいと思う。
元ネタの民話は比較的単純。学問を身につけようとした女子祝英台が、男装して学校に入る。同学梁山伯と親しくなるが、いろいろあって別の人と結婚することになる。梁はショックで死ぬ。祝も嘆き、梁の墓に身を投げる。2人は蝶に転生する─といったところだ。何回も映像化されている。

老生は徐克導演の1994公開版「梁祝」を見たことがある。祝英台をチャーリー楊采妮が、梁山伯をニッキー呉奇隆がやっていた。祝英台の父親が徐錦江で、お化粧していたような記憶がある。
今回は武侠というだけあって武術スクールが舞台で、馬楚成導演。祝英台の子孫だか生まれ変わりだかの祝言之をツインズのシャーリーン蔡卓妍、同じく山伯ではなく梁仲山を飛輪海の呉尊がやっている。父親は狄龍、息子の譚俊彦もちょっと出てる。

大師兄として面倒見てくれる仲山と言之が恋に落ちるわけだが、まあ、どう見ても展開に無理がある。最初から女だということに気づかないわけがない。蔡卓妍がミスキャストではなく、楊采妮だって男に見えない。でもチャイナには、よくある話なのだ。
碧血剣の温青は実は温青青という女だったり(ドラマで黄聖依がやった)、射鵰英雄伝の黄容(同じく周迅)も最初は汚い小僧という姿で登場したはず。

ここはリアリティーなんぞにとらわれずに楽しむべきなのだろう。花木蘭なんか何年も苦労をともにした戦友が、実は女と気づかないという設定だからね。アイドルを眺めるための電影に目くじら立ててはいかんのだ。

ちょっと残念だったのは武術スクールが舞台なのに、師叔役の熊欣欣にそれらしい動きを与えなかったことだ。狄龍大侠にアクションやれとはいわないが、くまきんはもったいない。動作導演が程小東だったのに。もちろん(たぶん)できなかったのを、やってるように見せるのも動作導演の大切な仕事で、その辺は抜かりない。

20090110liang_zhu003ひどく気に入ったのは祝言之が剣に蝶々の絵を付けたこと。画像下側の2人で埋められるところで頭の方に刺さっている剣だ。
早速パクッた。お稽古で使う模造剣にシールを貼ってみたのだ(画像上側)。気分はすっかり大師兄!!なんちゃって。

2009年1月11日 (日)

石神井公園駅部に鋼製構造物

20090111shakujii01r用事で石神井公園駅に行くと西北側に鋼製構造物が立ち上がっているのに気づいた。
原則、日曜午前中は石神井公園に用事があるのだが、先週は気づかなかった。…まだ正月気分だったことは否めないが。
駅間はコンクリートの橋脚と桁で構成するが、駅部は複雑なかたちのためか、いわゆる鋼製ラーメン構造になるようだ。現地で養生する鉄筋コンクリートと違って、現場で見た目の進捗は早い。というわけでこの辺の構造物の立ち上がりはピッチが早そうだ。老生は土木や建築のことはよくわからんが。

20090111shakujii06rホーム東側の踏切付近から。
駅部は2面4線になるが、見えている鋼製構造物は上りホームと上り本線、副本線になるところだろう。
こうして見ると赤塗りの仮設架線柱に混じって以前の本設架線柱が1ヵ所残っていることがわかる。北口入口あたりの基礎のコンクリ-ト部分が高いものだが、もう長いことはないだろう。

2009年1月10日 (土)

保谷

20090110hoya06e山側に対向式ホームを新設して2面3線とする工事を進めている西武池袋線の保谷駅。画像は20090110、橋上部から東側を眺めたところ。
左側にエスカレーターの屋根ができかかっている。半透明のカバーがかかっていますな。
新設ホームが右にカーブしているが、新上り線は?マークのあたりで、現上り線と合流するようだ。側線の東側に隣接するアパート(以前は接骨院だった)を買収していないので、その手前になるのは当然。

現上り線は中線となり、上下両方向から進入できるかたちになるだろう。下り線東側からも、このあたりで中線につながるポイントを挿入するであろう。そうなると、現ホームの東端は削られ、西側に延長するだろうか。
新設上りホームも、現ホームと比較して、東側の長さが足りないような感じではある。

20090110hoya08ホーム西端から北西側を眺める。
現ホームよりも西側(下り側)に新ホームが伸びそうな気配をたたえている。前述のように、現ホームも西側に延び、新ホームと対応するのではあるまいか。そうなれば、画面の斜め線(この線については20080524に昔の姿も)は廃止になるかもしれない。この斜め線は下り本線と車庫留置線群を直接結ぶためのものであろう。今後、車庫とのやりとりは必ず中線経由にし、斜め線をなくせばホーム延長のスペースができる。大昔の姿に近づくのである。

このルールは以西からの上り回送列車を留置線に収容する場合にも適用されるかも。これまでは一旦山側の側線に入れてエンド交換して引き上げたようである。側線が廃止されてからは下段画像ほぼ中央のポイントを使い、上り本線から引き上げるが、本線を占領するのは好ましいことではない。
この上り回送列車も含め、中線(現上り本線)からのみ車庫に進入させるのではあるまいか。

以上のようなことになり、ホームが西方に移動した結果、対練馬、対池袋の営業キロが伸びて運賃値上げになったりしたら、とてもとても悲しい。

2009年1月 8日 (木)

江古田

20090108ekoda01江古田駅南口で撮影したお知らせ。
同一内容のものが西武鉄道ホームページにも掲出されている。
2本のホームと南北改札を結ぶラチ内跨線橋の池袋側の階段を0120から閉鎖するというのだ。
階段部分が工事対象となるので、そこの部分のみ旧副本線側に仮設的にホームを拡幅工事中だ。

20090108ekoda02さらに北口改札(橋上部にある)から池袋側に下りる階段を0205から閉鎖の予定。
その段階で画像のこちら側に位置する階段が総て使えなくなるわけだ。
201103に予定されている完成時には橋上部に南北自由通路ができ、バリアフリー化も実現する。
現在も西側にホームの下をくぐる自由通路があるが、バリアフリーとはいい難い状態だ。

2009年1月 7日 (水)

槇島酒店~東海飯店

20090107makishima00で、本日は槇島酒店。看板娘のチャーミー(携帯で撮ったので画像は小さい)が機嫌よく愛嬌振りまいている。どうもヒト換算でアラ還の老生と同年配らしく、日本語の娘というには違和感がある。
が、正月休みに月姐が貸してくれた「武侠梁祝」(大陸入手版なので「剣蝶」というべきか)見てたら、シャーリーン蔡卓妍の祝言之が母親を「娘」と呼んでいたので看板娘でOK了。
濁り酒の上澄みなどという結構なものをいただいてチャーミーが一段と美しく見えた。
武侠梁祝については、ちょっとまねっこしたことを含めて改めて記す。

(20090110追記)その後の取材で、東海飯店(いつもの浜松町モノレールビルのそれではなく、御徒町の同名店)へ流れ、蟻酒を飲んだことがわかった。以前、某風水先生邸で蜂とか蜥蜴みたいなの入った焼酎いただいたことを思い出した。

2009年1月 6日 (火)

御徒町界隈

20090106okachimachi_100dining00r御徒町北口のすぐ東側に100ダイニング+があることに気づいた。で、入ってみる。
ゲームセンターみたいなコインで支払うシステム。モルツのグラスが100円コイン1枚。中ジョッキが2枚、大が3枚。放課後の約会の時間調整によろしい。
御徒町といえば槇島酒店だが、そこよりさらに近い。選択肢が増えるのはいいことだ。

2009年1月 5日 (月)

下井草 こいくちや

20090105koikuchiya00r仕事始め。職場の皆さんと下井草のこいくちやへ。

鉄板焼き飲み屋ですな。気持ちよく飲んで、よく食った。この間、西武池袋線は東久留米の人身事故で運転見合わせ、と。適当に帰れてよかった。
焼き物では紅しょうが肉巻きが秀逸。他で食ったことない。あと豚牛タン焼きが結構でした。

20090105koikuchiya01rこれは牛スジ煮込み。
かように今年も走り始めた。

2009年1月 4日 (日)

保谷

20090104hoya00保谷駅の海側にレールが置かれているのに気づいたのは200812中旬だった。いつも新ホームの工事を進めている山側を注目してしまうけどね。今日(20090104)見たら、塀に何やら赤いマークが付いている。
そんなことはしないと思うが、時期が時期だけに、下り本線を用地ぎりぎりまで移設するのではないか、と考えてしまう。
画像はホームが旧早稲田通りを分断するあたり。以前はこの辺に海側の側線につながるポイントがあり、そこだけホームがちょっと切り欠きになっていた。ホームの途中にポイントがあったというのも珍しいのではないか。
画像では塀がへこんで、そこにレールが置かれているが、ここが側線の痕跡。
どうも普通のレール交換ではないような気配だが、さてどうなることか。

2009年1月 2日 (金)

初詣は本川越

毎年どこに初詣に行くかは大いに悩むところだ。

20090102kawagoe00武蔵の国一宮である大宮氷川神社が順当なところだろうが、ちと遠い。学問の神様湯島天神もありがたそうだが、精進落とし??を企画したくなるロケーションが難点だ。
昨年は多摩モノレールに乗りたいという不純な動機から高幡不動に出かけた。西武では東久留米七福神というのを打ち出しているが、もうちょっと足を伸ばして川越喜多院(画像)に行くことにした。

20090102minamiotsuka01普段利用することの少ない西武新宿線だ。ちょうど来たワイドビュー20000系の運転席後ろにかぶりつく。
画像は南大塚から分岐する安比奈支線、砂利鉄道の名残だ。廃止して土地を売却することもなく、今日までもちきたしている。老生は、へらへらしているレールの先をこの目で見たことはないが、入間川沿いに砂利設備の広大な土地が眠っているそうな。

上石神井以東を地下急行線の新設で複々線化する計画があったとき、上石神井の車庫機能が大幅に減るので、その肩代わりとして安比奈に車両基地を建設するつもりだったのだろう。ところが前倒しで運賃値上げまでした、この計画は白紙になってしまった。
それでも、いつの日か何らかのかたちで上石神井の機能を移転することがあるかもしれない。そのために放置してあるのだろう。

堤時代の西武は、すぐに使わない、あるいは直接の用途がなくなった資産を持ち続けるようなことをよくやった。他社と時間の流れが違っていたような印象を受けるのだ。もう一つの例として飯能スルー線を挙げておこう。
飯能のスイッチバックは貨物列車というか動力集中牽引運転にとって、面倒なものであった。そこで東飯能から方向転換しないで八高線と交差する手前あたりまで新線を建設しようというものだ。用地は手配済みだと思う。

ところが秩父線からの石灰輸送がなくなり、199603で貨物営業は全廃となった。当面用途がなくなった用地だが放置している。何かで都市機能の中心が東飯能に移転する場合に備えているのだろうか。普通に考えれば、西武新宿や本川越もそうだが、周囲を睥睨するような駅ビルを建て、プリンスホテルまで併設したら飯能ターミナルの移動はしにくいだろう。

まあ老生が心配することではない。本日は一家の今年の繁栄を願うばかりである。

20090102seibu2032honkawagoe00お参りも済ませ、どういうわけかナシゴレンの昼食もとった帰りに本川越で待っていたのは国分寺行き。旧2000系更新車で車番がプレートのもの。
本川越までロングランする必要はないが、国分寺線は総て所沢以遠まで直通してほしいところだ。池袋線と中央線を結ぶ需要は結構あると思う。今はバスしかないが新宿線の開かずの踏切のおかげで使えない。

小平からは拝島線直通分が減るので、国分寺線の全列車くらいは東村山以西に流せると思う。これをやらないと新秋津─秋津のジャンクションが改善されたとき武蔵野線にお客が流出しますぜ。…と考えるのか、通勤定期割引で、ラッシュアワーだけの大して儲からないお客は武蔵野線が負担してくれれば、国分寺線は生かさず殺さず状態で、あまり投資しなくて済むと考えるのか。
一方、JRも通勤時間帯に混雑が目立つ武蔵野線に、これ以上お客を送り込んでほしくないのがホンネかも。そうだとすれば新秋津─秋津ジャンクションの改善は誰が旗を振るのか。
いずれにしても、庶民にとって環状方向の移動は難儀ですわ。

2009年1月 1日 (木)

謹賀新年

197105seibu476hoya_ana03p新年明けましておめでとうございます。2007年7月からスタートした当ブログも、よろよろと続いておるです。

本年も呑んだり看たり、鐵も続けたいと思っています。

2008年中盤からは地元保谷駅(画像は197105。クモハ476が下り線に停車中)の改造に、具体的な動きが出、この変化を追っかけるのが、正直おもしろくなってしまった。

日頃目にする範囲では、何といっても石神井公園までの高架複々線化が西武の大きなイベントですが、保谷の2面3線化も、旧車両管理所の留置線の変化も含めると、今後の池袋線の運用に大きく関わると思う。
それと石神井公園は、最終形が2面4線プラス引き上げ線の、京王笹塚駅のようになるであろうことは想像がつく。保谷の方は??な点が多い。
そんなこんなで、保谷の変化も石神井同様追っかけるつもり。

宿痾の立ち飲みもやめられず、(香港)映画も見続けたいと考えております。

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