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2018年9月20日 (木)

彼女だけが生き残った??

范冰冰の沈黙あるいは消息不明をロイターかなんか欧米メディアが報道したので、本邦でも彼女を取り上げる番組が目立つ。

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今朝(0920)はTBSのビビットを見た。レギュラー陣はチャイナ芸人に詳しくないのだろう、ゲストを用意していた。

そのうち中国ジャーナリストという触れ込みの周来友が彼女について、日本でいえば米倉涼子といっていたが、そうなのか??

もう一人の遠藤誉東京福祉大学国際交流センター長の発言はおおむね妥当だと思うが、一点気になる。先生は彼女の経歴について
「1998年に環珠格格(美しい発音でhuan2zhu1ge2ge2と言った)という、まあテレビドラマがありました。そのテレビドラマが、本当にもう社会現象になるぐらい視聴率が高くてですね…」と紹介し初めた。

環珠格格は上掲画像では環珠姫~プリンセスのつくりかた~という邦題で紹介されている。なお中国ドラマとしているが台湾が強く関わっている。原作者の瓊瑤も台湾の人。

「…それでまあ3人娘でとても有名になったのですが、その中の1人が、この范冰冰さんで、彼女だけが生き残っていますね。それ以外は淘汰されていきましたね、殆ど」と続けた。先生、彼女だけが生き残ったの??

3人娘が誰を指すのか不明だが、たぶん該当するであろうルビー林心如は淘汰されたのか。何よりも小燕子のヴィッキー趙薇が、その後も活躍しているじゃない。この部分以外のお話がリーズナブルであっただけに、大いに残念(個人の感想です)。

范冰冰はもう共産チャイナで復帰はムリかもしれないが、彼女がスクリーンで見られなくなるとすれば、世界の大損失だよ。

2018年9月19日 (水)

しじゅうから第二公園

ご近所レポート第2弾。

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西武柳沢駅南のしじゅうから第二公園。第二というからにはしじゅうから公園もあって、そっちが北方(駅近)。どうってこともない公園だが、ここは模擬原爆爆心地。一度行こうと思っていながら、今まで足が向かず、年ごろ思ひつること、果たしはべりぬ―といった感。

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模擬原爆については、上掲「じゃがいも畑へパンプキン―西東京市にも落とされた模擬原子爆弾―」というブックレット(西東京市に落とされた模擬原爆の記録を残す会20150401刊)に詳しい。老生は20160223田無駅近くの書店で購入した。

概要を紹介すると…広島、長崎に原爆を投下する前、19450720から米軍は爆撃の精度を上げる訓練として、模擬原爆を各地に投下していた。それらは長崎に落としたものと同型、同重量で丸っこく、黄色いことからパンプキンと呼ばれていた。

当時最大とされていた1トン爆弾の4.5倍の爆薬が装填され、B29に1発しか搭載できなかったとか。49発落とされ、うち1発が19450729朝、現在の西東京市柳沢1丁目しじゅうから第二公園(当時じゃがいも畑)に落下、爆発。その結果、3人死亡、8人が重傷、3人が軽傷を負ったという。

同書によれば模擬原爆の投下訓練が明らかになってきたのは、1991年頃からのこと。愛知県の「春日井の戦争を記録する会」を中心とした調査、研究の結果という。

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この件に老生が拘るのは、その様子を高校時代の恩師S先生から、授業の合間に聞いたから。

卒業してから半世紀も経つので記憶はアバウトだが①B29が一機、妙な飛び方をしてきた②そして爆弾を投下したが、いつもの爆弾より威力があった③その後、広島、長崎に原爆が投下された④終戦後、直ちに米軍が来ていろいろ調べて帰った―といった内容。

最後に「あれは原爆を投下したが不発だったのだと思う。ちゃんと爆発していたら、私なんか、もうこの世にいない。(広島平和記念資料館にある、いわゆる人影の石のように)影が残っているくらいですかね」(大意)と仰った。先生は戦前から現東久留米市学園町にお住まいで、朝ご自宅から見ていたらしい。

当時にわかに信じがたいと感じたが「じゃがいも畑にパンプキン」を手に入れた後、お話は本当だったのだ―との思いが強まった(先生ごめんなさい)。そこでクラス会で旧友に尋ねたりもしたが、授業の合間の雑談的な内容を誰も憶えていなかった(もう一回ごめんなさい)。

同窓会HPによるとS先生は19900201に逝去された。模擬原爆の存在が知られてきたのが1991年頃からだとすれば、先生は生涯、原爆の不発弾と信じておられたことだろう。

2018年9月18日 (火)

大泉学園付近

少し涼しくなり近場なら出歩く気にもなるので、ご近所レポート。

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大泉学園―石神井公園間で立体化されなかった石神井公園10号踏切。20150320から北行一通になっている。

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0919より3夜連続で工事が予定されている。大掛かりなことはできないだろうが、踏切道の拡幅くらいはやるかも。

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道床に青ペンキがマークされている。

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2012年末に気づいたのだが、海側に交差点局所改修事業用地なる表示の土地がある。これまではなかった工事用の柵で囲われているではないか。

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何か動きがありそう。山側のひどくクラシックな「でんしゃにちゅうい」標識(20150320)なども見納めか。

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こちらは区道33号線の前原(まえっぱら)交差点。20160522段階では、グリーン金網で仕切られただけだった北側まで外郭環状道路の工事が迫ってきた。

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西武池袋線との交差については、この部分だけスパンの長い高架として既に完成。外環の2架道橋という立派な銘板が目立つ。

2018年9月15日 (土)

野毛で半日飲む

今月のベテラン飲み会は、真っ昼間から桜木町集合。野毛に詳しいと評判のブロガー氏にガイドをお願いしてある。

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桜木町近くの叶家というお店、ある方のご実家だそう。念のため、叶問ではないと書いておこう。

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目的地は大鵬。ロケハンの際、椅子席を予約しておいた。

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黒ラベルからスタート。

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が、ガイドさんのお薦めでそば焼酎のそば湯割りへ転進。

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圧巻のフライ盛り。

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そばサラダ。そばができるから、そば湯割りもできるのが理屈。

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途中省略、都橋で大岡川を渡る。

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このビルの上にあるのがアンテナアメリカ。

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冷蔵ケースで選んだビールをベランダでいただくという趣向。ここ気に入った。

半日よく飲んだ飲んだ。ガイドさんのおかげで濃密な野毛体験であった。

2018年9月11日 (火)

上野界隈徘徊す

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上野の森美術館で[世界を変えた書物]展を見物。なぜかホチキスかっこ。

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教科書に出てたような人々の著作を拝む。

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ダーウィンの「種の起源」。初版らしい。

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こちらはワトソンとクリックの「核酸の分子的構造」。これらは東京展特別出展。

全く知らんが金沢工業大学ライブラリーセンターの「工学の曙文庫」のコレクションらしい。いつぞや明星大学貴重書コレクションというのを拝見したが、同じような趣旨か。

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稀覯書には縁がないが、御朱印のコレクションに励む老婆のお供で、花園稲荷と五條天神社へ。

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JR駅方面に戻る。公園口前の道路を北に向かい、振り返る。公園口を移設するとともに、ロータリーもできるとか。

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両大師橋を山手線の外側に。何やら屋根付きの線路が見えたぞ。帰宅後、鉄道ピクトリアル782号【特集】ターミナルシリーズ上野の上野駅配線略図(折込)で確認。材料線というものらしいが、19781001現在の図面なので変わっているかもしれぬ。こういうものは残ってもいるしなぁ。

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小野照崎神社へ。

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富士塚をモンキーが守っておる。

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斜め前によさげなお店あり。したまちどんぶりグランプリ優勝という割烹さいとう。

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海鮮丼具大盛り。昼メシも格闘技!!

2018年9月 9日 (日)

アイから始まる

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下保谷の自然と文化を記録する会による「藍から始まる物語―渋沢敬三と高橋文太郎の夢の果て―」という講演会・写真展をコール田無で見物。当日乘では説明しきれないが、かつて保谷にあった民族学博物館を足場に渋沢敬三らとともに、地元の資産家高橋文太郎が暮らしに密着した文化を研究。藍で財をなした高橋家は武蔵野鉄道(西武の前身)の敷設にも強く関わっていた。

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講演は井上潤渋沢史料館館長による「渋沢栄一から敬三へ―継承したもの・継承されたもの―」(画像)と、石井正己東京学芸大教授の「武蔵野鉄道と文化住宅・民族学博物館」の2部構成。

井上館長は概括的に近代日本における渋沢栄一の業績を紹介、また原始蓄積の時期に藍・藍玉生産が関わったことにも触れた。孫敬三に反映している面とそうでない部分が本題だが、天寿を全うした栄一に対して、今の感覚では比較的短命ともいえる敬三の人生は対比しにくい。

石井教授は冒頭武蔵野鉄道沿線名所案内を示し、初期の郊外鉄道にとって寺社参詣のニーズが大きく、案内にも沿線の名所が取り上げられていると指摘した。いわれてみれば確かにそうだが武蔵野・西武を参詣路線と思ったことなどなかった。まあ成田山や川崎大師、伊勢や高野山に比べれば控え目という他ないけど。

さらに保谷の文化住宅をめぐる新旧住民の関係、民族学博物館に関わる人々の横顔なども紹介。井上館長の話もそうだがヒト臭い話がおもしろいね。

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一方、パネル展は①渋沢栄一関連②渋沢敬三と屋根裏博物館③保谷にあった民族学博物館④文太郎を生んだ高橋家と武蔵野鉄道―の4ブロックに大別。講演内容ともマッチしていた。

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上掲画像左上は保谷駅南口。クレジットされていないが、よく目にする画像で、例えばトリミングの異なるものが「なつかしの田無・保谷」(20110121編集・発行 西東京市中央図書館)p124下段にも掲載してある。今回はコンディションがよく、立て看の文字が読めた。見たところ

   お 知 ら せ
長い間御不便をかけておりました新駅舎工事
もお蔭様で完成いたしまして来る十六日 初電から
使用開始予定となりなりましたから御了承下さい
 昭和三十九年八月十日     保 谷 駅 長

と読める。橋上駅舎の使用開始は0816、撮影したのは19640810から0816の間、と推定できよう。

大発見かと思ったが、手許の「写真で見る西武鉄道100年」(20130719ネコ・パブリッシング)巻末の年表に、あっさり1964(昭和39)年8月16日保谷駅 橋上駅舎使用開始(竣工式15日)と書かれていた。16日は朝ラッシュのない日曜日で、新施設のオープンに適していたのだろう。

そして10月10日、先の東京オリンピックが開催された。後の体育の日である。老生は練馬区立中学の3年生であった。学校に何枚か入場券の割り当てがあったのだろう、クラスで抽選した結果Hくんが見に行けることになった。中学の頃から大したクジ運じゃなかったね。

2018年9月 7日 (金)

石神井公園、ちょっと練馬

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前から行きたかった、石神井公園のもつ焼き加賀山に入る機会を得た。

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赤星から始めたが、キンミヤでホッピー。同行者はあんず棒サワーなどと、かわいらしい選択。

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お好み4品盛り。

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もつ焼きおまかせ4本セット。

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いい加減飲んだが、さらに駅前で紹興酒いただく。

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最近気になった0825午前の光景。出発反応標識(と銘板に書いてあった)と出発合図表示器(四角い方)をいじっている。出発合図表示器の方が点灯しているのは見たことがない。

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3番乗り場側。矢印表示の反応標識は珍しいそうな。

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下り1番乗り場は矢印も何もない1灯。複々線が終わるので、もともとの出発信号だか閉塞信号だかが1つなのだろう。

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こちらは練馬の下りホーム。赤矢印が反応標識だが内側2番は3つ並ぶ。

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一番内側が豊島線を表すようですな。停車中の黄電は各停豊島園行き。

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急行線を行くべき準急小手指行き。

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その練馬も上りは池袋線も有楽町線も、それぞれ1灯のようだ。まあ画像の4番に入線した段階で有楽町線に進むことは運命づけられているからね。

4番の緑一色電車は、保谷駅中線から回送表示で上っていったのを見たので、石神井公園から客扱いを始めたと想像。何か理由はあるのだろうが、それなら保谷から乗せてくれればいいのに―と思ってしまう。

2018年9月 6日 (木)

SPL 狼たちの処刑台(殺破狼・貪狼)、妻の愛、娘の時(相愛相親)

まずシネマート新宿でSPL 狼たちの処刑台(殺破狼貪狼)。SPLの3作目に当たる。これまでの2作とストーリーのつながりはないが、黒社会、臓器売買などのテーマが続き、アクションもすんごい。

香港警察の李忠志の娘が、泰国旅行中失踪する。李忠志はルイス古天樂。前作ではヘンな髪型で親族の臓器をも狙うような極悪人だったが、今回は娘を探す父親。まあボーイフレンドとの仲を裂かなければ、平穏無事だったかもしれないのに…。

単身泰に渡り、現地警察の崔傑(呉樾飾)、タク(トニー・ジャー)らと娘を探す古天樂のアクション場面が結構多い。.このシリーズではドニー甄子丹とか呉京、マックス張晉あるいはトニー・ジャーといったトップレベルが登場するが、普通の人に見える古天樂がよく動く(ように見せる)のがよろしい。今年の香港電影金像奨で古天樂が最佳男主角(主演男優賞)、アクションを担当したサモ洪金寶が最佳動作設計(ベストアクション演出)を受賞したのも納得。

泰警察は呉樾、トニー・ジャー、ケン盧恵光というなかなかのメンバー。盧恵光も、ジャーも死んじゃうんで呉樾のアクションが目立つ。というか彼をこんなに長くスクリーンで見たのは初めてではないか(すみません)。ボスキャラのクリス・コリンズもよかった。

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女優陣では、李に協力する娼婦のジャッキー蔡潔が、痛そうで印象に残る。画像は20161026東京国際映画祭で脱皮爸爸(シェッド・スキン・パパ)上映後のQ&A。左が古天樂、右の蔡は離婚を迫る妻という役であった。

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恵比寿ガーデンシネマに移動して妻の愛、娘の時(相愛相親。東京filmexで見ているが、前売り券買った老婆に付き合ってまた見てしまった。2回も見ればよくわかる(画像はプログラム)。

が、なお父のお墓の件は引っかかっている。TVスタジオの場面で、お婆さん(父の先妻)は「夫はお棺に横たわり戻ってきました」と語る。その埋葬の時トラブルはなかったのか??先妻は受け入れたのか、後妻は田舎に埋葬することに、あっさり合意したのか。

まあ70歳の時の写真が「似ていない」と言うくらいだから、若い時に都会に出て二度と帰ってこなかった夫の墓など、実はあまり拘泥していなかったのかも。後妻の娘が騒ぐので、意地になっていた可能性もあろうか。

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で、見終わったらヱビスビール記念館だ。前回来たのは月曜で、残念ながらお休みだった。ウワサでは今年の中国映画週間は写真美術館が会場というので、アフターも楽しみ。

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といってもセットでビールは十分。帰宅後ニッカの炭酸割り。今はこれが一番ラク。

<おまけ>
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移動中新宿丸ノ内線地下道で見た成龍のポスター。大哥よく働く。

2018年9月 5日 (水)

渋谷~桜木町

用事まとめて外出。まず渋谷。

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銀座線の新駅ができるであろう辺りに屋根??が架かった。

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いつものヒカリエ9階から眺めたいところだが、今日はこんなイベントやっていて窓側に近寄りにくい雰囲気(弱気)。

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ストリームの2階入口??が開いているのに気づく。ここは0913開館のはずで、報道公開でもしたのか。何にせよ関係者でないと緑のプラ柵から中には入れない。

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入れるギリ位置から渋谷川を見る。最初の橋まで行ってみよう。

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最初の橋から工事中の駅街区東棟スクランブルスクエアを見る。

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さてストリームの入口には歩道橋の高さから地下へのエスカレーターがあり、副都心線への近道となる。これを使えば246の南側、例えば富士屋本店辺りから副都心線、東横線に出るのに便利そう。
※渋谷駅出口としては16bだそうで。

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東横ではなく湘南新宿ラインを使い、桜木町へワープ。毎度ぴおシティ地下2階はなみちでメンバーが揃うのを待つ。

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ダイエットしたかもしれないシメサバいただく。

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桜木町・野毛界隈をリサーチしつつ、当初予定になかった宮川橋もつ肉店に。うれしいうれしい。

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ワイン赤白ガブ飲みす。

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ネギまみれの煮込み旨し。

記憶が定かでないが、たぶんお京急で回家。

2018年9月 3日 (月)

保谷

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西武の社員寮建設中の保谷駅北口土地。北側道路に新しい電柱が立ち並んだ。見たところ大半は塀の内側(西武の用地)に建植されている。

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電気工事のお知らせによれば、電柱建替に伴う電線改修工事中。このため作業車両等を使用するとしている。以前見た大規模開発事業についてという告知では、北側道路は道路中心から3mセットバックさせることになっている。それが新旧電柱の移動分なのかも。

<おまけ>
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これだけではナンなので、先日東西線飯田橋駅で見たメトロ07系を掲出。側面ドア配列が不規則とされている07系だが、大開口ホームドア(未稼動)だったら問題なく運用できそうに思える。

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